先週末に行われた原田和典さんによる待望の新著『コテコテ・サウンド・マシーン』(スペースネットワーク刊)発売記念講演、良い意味でいろいろと予想を裏切る好イヴェントだった。

 

予想外の第一は、新著の印刷上がり日程がわかったのがイヴェント開催日直前、そのため告知期間はわずか10日ほど。ふつう、こうしたケースでは参加したくても既に他のスケジュールが入っているファンが多く、どうしても集客数が限られてしまうものなのだ。それにもかかわらず来客数の多さに驚かされたのだった。通常20名を超せば盛況のイヴェント来客数に対し、何と36名もおいでいただき、客席は満杯。

 

予想外の第2は客層。新著のタイトル「コテコテ」というキャッチ・フレーズは今から20年以上も昔、1995年に「ジャズ批評」社から刊行された『コテコテ・デラックス~GROOVE,FUNK&SOUl』にちなんでいる。発売当時この本は大いに話題となったものだった。とは言え、この名著を知るファンは今や完全なオジサン世代だ。

 

そうしたいきさつもあり、また私の個人的思い込みかもしれないが「今どき」ディープなブラック・ミュージックを愛好するファンはそうとうマニアックな方々(要するにオジサンたち)ではないかと思い込んでいた。しかし予想に反し、お客様の半数以上が若いお洒落な女性客なのだ。どうやら私などが知らないところで、若い女性音楽ファンがブラック・ミュージックに惹かれているらしい。余談ながら、このところわが「いーぐる」も女性客が目に見えて増えている。

 

そしてイヴェントの内容も良い意味で事前の予想を裏切った。私は「コテコテ」という新著のタイトルから、昔ながらのマニア向け「知れらざるブラック・ミュージック紹介本」かと思いきや、こうした音楽ジャンル自体に対する原田さんの現代的解釈が加わっているのだ。おそらくその背景には原田さん自身が語っていた、ヴォーカルへの関心とフランク・シナトラに象徴される白人ヴォーカルに対する再認識があるようだ。そしてもちろん、現代ジャズにおけるヴォーカル重視、アレンジ重視という現状も影響していると思う。

 

その第一が「聴き比べ」。ジャズでよくやるオリジナル、ポピュラー・シンガー版とジャズ・ヴォーカリストの歌唱の違い同様、意外なポップスがソウル・シンガーたちによって巧みに料理されているケースが実際の音源によって紹介され、ブラック・テイストの実際が的確に伝わってくる。とりわけ私たちの世代には懐かしいヴィッキーの「恋はみずいろ」のブラック・バージョンなど、「え、こんなのがあったの」と驚かされた。そしてシナトラのおよそ「黒くない」歌唱のブラック版も、眼からウロコだった。詳しくは当日の選曲リストをご覧いただきたい。

 

そして、何より興味深く、若い女性ファン層の存在のヒントともなったのが、現代ジャズとブラック・ミュージックの関係だ。よく考えてみれば、今回紹介されたスナーキー・パピーの人気オルガン奏者コリー・ヘンリーのやっていることだって、もちろんルーツはブラック・ミュージックだったのだ。

 

最後にこれを「予想外」と言っては語弊があるかもしれないが、定価2700円とかなり高価な新著が当日飛ぶように売れたことだ。カラーでジャケットが掲載されたていねいな作りの書物なので価格相当であることはわかるが、よほどのマニアでなければ買わないのでは、という当方の予想を見事に裏切ってくれたのは、何より「音」のリアリティだろう。原田さんの的確な解説でブラック・ミュージックの魅力を実感した当日のお客様が、「これは買わなきゃ」と思ったことは間違いない。

 

ともあれ、いろいろな意味で良い方向で事前の予想を覆す素晴らしいイヴェントだった。その「予想外」は現代ジャズの実態に対する理解にも繋がり、そしてまた新たなジャズ・ファン層の出現を知るきっかけともなったのだった。

 

ブラック・ミュージック繋がりということで言えば、今週末のイヴェント『今聴いてほしいブルース/ソウル/ファンクのメッセージ・ソング』も今回の原田新著とどうかかわるのか、大いにに楽しみ!

 

 

 

 

 

【当日の原田さんによる選曲リスト】

 

 

『コテコテ・サウンド・マシーン』 発売イベント at 「いーぐる」

              

 

  1. Bloodest Saxophone feat. Big Jay McNeely 「Hot Special」

2.Gus Poole 「Hallelujah, Alright, Amen!」

  1. Beck 「The New Pollution」
  2. Otis Redding 「(I Can't Get No) Satisfaction」 Apr.10,1966,live in Los Angeles (2nd set) 5. Otis Redding 「(I Can't Get No) Satisfaction」 Apr.9,1966,live in Los Angeles (2nd set) 6. Hoagy Carmichael 「Georgia on My Mind」
  3. Pucho And The Latin Soul Brothers 「Georgia on My Mind」
  4. Vicky Leandros 「L'amour est bleu」(恋はみずいろ)
  5. Rufus Harley「Love Is Blue」(恋はみずいろ)
  6. Frank Sinatra 「It Was A Very Good Year」
  7. Della Reese 「It Was A Very Good Year」

 

<中入り> Sonny Hopson's Radio Show (1969, Philadelphia)

 

  1. Bobby Bryant「A Prayer for Peace」
  2. Marvin Gaye「I Wanna Be Where You Are」(Alternate Version) 14. Build An Ark 「Dawn」
  3. Billy Hawks 「Whip It On Me」
  4. New Jersey Kings「Solid」
  5. Cory Henry「He Has Made Me Glad」
  6. Delvon Lamarr Organ Trio「Move On Up」

 

 

 

  • 2019年3月9日(土曜日)午後3:30~6:00 受講料 2000円

 

小学館カルチャーライブ!』

 

「昭和 → 平成」JAZZ 日本史

 

通巻100冊を超える、小学館人気分冊百科「ジャズ100年」シリーズ監修者の後藤雅洋が、「JAZZ日本史」というテーマで講演を行います。

美空ひばり秋吉敏子からakiko、小曽根真まで、昭和、平成を彩った世界レベルの和製ジャズ・アーティストの功績と業界の変遷を、日本を代表するジャズ評論家、村井康司さんをお相手に、実際に音源を聴きつつ、語り尽くします。

 

  • 「ジャズ絶対名曲コレクション」第11号(1400円+税)1冊付き

 

                        登場  後藤雅洋 × 村井康司

 

 

 

 

  • 第656回 3月16日(土)午後3:30より 参加費 500円+飲食代金

『コテコテ・サウンド・マシーン』発売記念イベント 

 

オルガン・ジャズ、ソウル・ジャズ、ホンカー、リズム&ブルースの永遠不滅の熱量を体感。最新書き下ろし著書『コテコテ・サウンド・マシーン』(スペースシャワーブックス)で紹介されている楽曲を厳選、書籍の制作秘話と共にたっぷりお届けいたします。『コテコテ・デラックス』ジェネレーションはもちろん、デルヴォン・ラマー、ボビー・スパークス、コーリー・ヘンリー、ブラッデスト・サキソフォンなど気鋭たちの音楽で“groove”に目覚めた方も、みんな大歓迎です。

 

:当日は新著即売も致します。

                                解説 原田和典

 

 

 

 

  • 第657回 3月23日(土曜日)午後3:30より 参加費1500円+飲食代

『今聴いてほしいブルース/ソウル/ファンクのメッセージ・ソング』

ブルース&ソウル・レコーズ146号(2月25日発売。スペースシャワーネットワーク刊)は特集として、1950年代から1970年代にかけて送り出されたアフリカン・アメリカンによる社会的なメッセージを持つ曲を紹介しています。ビッグ・ビル・ブルーンジーの「ブラック・ブラウン&ホワイト」、サム・クックの「ア・チェンジ・イジ・ゴナ・カム」、ファンカデリックの「フー・セズ・ア・ファンク・バンド・キャント・プレイ・ロック」、等々。それらは身近にしてヘヴィな題材から自由の希求を歌に託すものまで様々であり、ブラック・ミュージックとしての生命力を直裁に宿すものにほかなりません。果たして、アメリカは変わったのか? それらをピックアップし、年代順に実際に大きな音でかけながら、アフリカン・アメリカンの心情、彼らを取り巻く米国状況の変化を考察していきます。

 

出演者:高地明、佐藤英輔、濱田廣也(BSR編集長)

 

 

dues 新宿 『2018年ベスト盤~ジャズ喫茶から見た新譜』

 

 

2月24日(日曜日)に、ディスクユニオンさんのイヴェント・スペース「dues 新宿」にて、『2018年ベスト盤~ジャズ喫茶から見た新譜』というイヴェントをやらせていただきました。これは、長年「いーぐる」にて「NEW ARRAIVALS」という新譜紹介イヴェントをユニバーサルさんと共に開催してくれた、ユニオン羽根さんのご尽力によるものです。当日は熱心なお客様が大勢お越しになり、おかげさまで評判も良かったようです。

 

今回はその模様をご報告したいと思います。まず私の選んだ2018年ベスト・アルバム10+番外編をご紹介いたします。トップのカマシは動かないものの、順位はさほど厳密なものではありません。当日のイヴェントでは、10位から順に1曲ずつご紹介し、簡単な解説をいたしました。

 

 

  • 2018 ベスト盤

 

1, Kamashi Washington / Heaven and Earth / Fists of Fury / 9’ 42”

2, Marcus Strickland / People of the Sun / Timing / 5’ 25”

3, Miho Hazama / Dancer in Nowhere / If Paradiso del Blue / 8’ 51”

4, Sons of Kemet / Your Queen Is a Reptile / My Queen Is Harriet Tubman / 5’ 40”

5, Chick Corea / Trilogy 2 / Pastime Paradise / 8’ 27”

6, Maisha / There Is a Place / KAA / 10’ 23”

7, Nik Bartshe's Ronin / Awase / Modul 34 / 8’ 51”

8, Time Groove / More Than One Thing / Sir Blunt / 3’ 30”

9, Antonio Loureiro / Livre / Caipira / 5’34”

10, Satoko Fujii / Invisible Hand / Hayase / 6’ 09”

 

発掘 Eric Dolphy / Musical Prophet

復刻 Tohru Aizawa Quartet / Tachibana

 

 

  • ジャズ喫茶の役割

 

イヴェントではまず最初に、新譜紹介におけるジャズ喫茶の役割をお話ししました。というのも、ここ数年明らかにジャズ・シーンは活性化しており、新人ミュージシャン、新譜に興味深い人材、アルバムが数多く輩出、登場しているのですが、従来からのジャズ・ファン層にその動きが確実に伝わっているかということになると、若干心もとない気がするからです。

 

ですから、マイルス、コルトレーン、そしてエヴァンスといった従来からの人気ミュージシャンのファン層がお客様の大半を占めるジャズ喫茶では、そうしたベテラン、ジャズファンにどのように最新ジャズの面白さを伝えるか、つまり、いかに従来からのジャズ喫茶ファンと新しいジャズを繋げるか、ということが問われているわけです。

 

 

  • 昔ながらのジャズファンがわかりやすい「新しいジャズ」を選ぶ。

 

こうした状況を考え、私の選択基準は最新ジャズの動向を踏まえつつ、ベテラン層にも届くであろうアルバムを中心にセレクトしたのですが、今年はかなり苦労しました。その理由は紹介したいアルバムが多すぎ、いかに削るか四苦八苦したからです。以下アルバム選択理由と、当日のコメントをわかりやすく補いつつご紹介いたします。

 

 

:Satoko Fujii / Invisible Hand

ビッグバンドのリーダーとして知られる藤井総子が珍しくソロ・ピアノを披露したアルバム。部分的にセシル・テイラーを彷彿させる場面もあるが、全体としてはメロディアスで親しみやすく、しかも演奏には一本筋が通っている。こうしたスタイルは従来からのジャズ・ファンも理解しやすいだろう。

 

 

:Antonio Loureiro / Livre / Caipira

ブラジリアン・テイストが心地よい。こうした趣向を「ジャズっぽくない」と思われる方は、ジャズの歴史を今一度紐解いてみることをお勧めします。ジャズ発祥の地ニューオルリンズはスペイン、フランスの統治下にあったこともあり、ラテン・ミュージックがごく自然に街中に溢れていたのですね。ですから、原初のジャズにはラテン・ミュージックの影響が色濃かったと言われているのです。

 

また、ビ・バップ一方の雄、ディジー・ガレスピーキューバ人ミュージシャンたちと交流したことはよく知られています。そして、ブラジル発の新興音楽だったボサ・ノヴァスタン・ゲッツによりジャズに取り入れられたことは、どなたもご存知ですよね。また、70年代以降ともなると、ウェイン・ショーターパット・メセニーらがブラジル音楽にインスパイアーされた作品を世に問い、そして私が昨年同じくdeus 新宿でやらせていただいた「2017ベスト」の1位に挙げたカート・ローゼンウィンケルの名盤『カイピ』は、ブラジル、ミナス地方の音楽の影響を強く受けた傑作なのです。ちなみにアントニオ・ロウレイロはカートのサイドマンとして来日公演してましたね。

 

 

:Time Groove / More Than One Thing

近年イスラエル出身ジャズ・ミュージシャンの活躍が伝えられますが、タイム・グルーヴもそうしたグループの一つ。リズムを強調したサウンドが斬新です。こうした動きも大きな眼で眺めれば、ジャズが長年追求して来た「新たなサウンド」の現れの一つなのです。

 

 

:Nik Bartshe's Ronin / Awase

ニック・ベルチュのグループ「ローニン」は「浪人」のこと。最近は日本趣味のジャズマンがずいぶんと目に付きますが、彼もその一人。そしてアルバム・タイトルの「アワセ」も、どうやら合気道の用語のようです。演奏は確かに日本的な趣がありますが、それが決して表層的ではないところが素晴らしい。繰り返し現れるリズム・パターンが次第に熱気を帯びて行く様は、まさにジャズの醍醐味です。

 

ただ、従来のジャズ、たとえば典型的ハードバップの名演、ソニー・クラークの「クール・ストラッティン」やアート・ブレイキーの「モーニン」などは、冒頭にキャッチーなテーマ・メロディが現れ、アドリブ・パートもメンバーそれぞれが順番に登場するなど、展開が読みやすく、こうした演奏に慣れたベテラン・ファンは、この演奏のような「次第に盛り上がって行くタイプ」は、ちょっと苦手なのかな、などとも思います。しかし、音の流れに素直に従って行くことによって、こうした新しいスタイルのジャズの面白さが見えてくるはずです。ちなみにサウンドこそ違え、リズムが聴き所なのはタイム・グルーヴと似ており、こうした傾向は最新ジャズの特徴でもあるのです。

 

 

:Maisha / There Is a Place

イスラエルと共に注目されているのがイギリスのジャズ・シーンで、マイシャもそうしたグループの一つ。こちらはエスニックなテイストがポイントですが、シンプルな反復リズムの強調や次第に盛り上がりを見せるところなど、やはり最新ジャズの傾向を踏襲しています。しかし後半に熱気を帯びたサックス・ソロが登場するので、従来からのジャズファンにも受け入れられやすい演奏だと思います。

 

 

Chick Corea / Trilogy 2

今更チックか、と思われるかもしれませんがとにかく演奏がいいのです。60年代後半に共に覇を競うようにして登場したキース・ジャレットが近年衰えを見せているのと対照的に、チックの好調は注目に値します。これなどは誰にでも勧められる新譜の傑作です。

 

 

:Sons of Kemet / Your Queen Is a Reptile

こちらもイギリス出身のテナー奏者シャバカ・ハッチングス率いるユニークなグループ。チューバを強調したエスニックなサウンドが多彩なリズムに乗って展開されます。最新ジャズに対するベテラン・ファンの不満の一つに「ソロが聴き分けられない」というのがあるようですが、この演奏などに顕著なように、チューバも含めたリズム隊と一緒になった「サウンド的なソロ」が近年のジャズの特徴でもあるので、その辺りは若干認識を改めていただければ、こうした趣向も楽しめるのではないでしょうか。

 

 

:Miho Hazama / Dancer in Nowhere

先日挟間美帆のライヴを観てほんとうに驚きました。途轍もなく演奏のレベルが高いのです。ストリングス・パートを含む変則的楽器編成のビッグ・バンドを、それこそ一糸乱れず音楽に集中させている。メンバー全員の技術的レベルが高いのは言うまでも無いのですが、それが単なる「無機質な巧さ」ではなく、音楽的にこれ以上ないと思われる豊かな境地にまで到達しているのです。この時思いましたね、日本のジャズが文句なしに世界レベルになったと。

 

今回はベテラン・ファンが取っつきやすいサックス・ソロがフィーチャーされたトラックを選びました。ソロイストも凄ければ、ソロとバンド・サウンドの絡みも絶妙です。まさに近代ビッグ・バンド・ジャズの精華が挟間ミュージックと言っていいでしょう。

 

 

:Marcus Strickland / People of the Sun

ベテランジャズ・ファンの最新ジャズに対する不満の最大のものがラップに対する違和感でしょう。私もこの意見はもっともだと思います。何より問題なのは、日本人には何を言っているのか聴き分けられないことが大きい。仮に意味が分かったとしても、問題意識を共有することまでは難しいのですね。これはやむを得ない。

 

このアルバムもラップが入ったトラックもあるのですが、あえて彼のサックスがフィーチャーされたが曲を選びました。ポイントは、マーカスが「わかりやすいフレーズ」を吹いているところです。とは言え、バックのリズムは明らかに現代的で最新リズムとセットになることで「繰り返しフレーズ」が活き活きとした精彩を放つのです。

 

 

:Kamashi Washington / Heaven and Earth

従来からのベテラン、ジャズファンが現代ジャズに対して挙げる不満の最大のポイントは、「ソロが誰なのか聴き分けられない」あるいは「そのミュージシャンの表現しようとしている『世界』がわかりにくい」といったところにあるのでは無いでしょうか。その結果として、「親しみにくい」ということになるのですね。カマシ・ワシントンは、あたかもそういった伝統的ファンの声に応えるかのようにして登場した、現代ジャズを代表するサックス・プレイヤーです。彼はこうした不満を一挙に解決する傑作を発表しました。それが『Heaven and Earth』なのです。

 

ニック・ベルチュは素晴らしいミュージシャンなのですが、強いて問題点を挙げるとすれば、演奏がだんだん盛り上がるため、パッと聴いて音楽の特徴が掴みにくいのですね。カマシはそうした「問題点」(本当は「問題」とは言えないのですが)を、のっけから聴き手の耳目を惹きつけるキャッチーな楽曲を採りあげることで、見事に解決したのです。

 

ふつうに考えればちょっと気恥ずかしくならないでもないベタな曲想を、あえて採用するカマシの気合の入り方、腰の据わり方は尋常ではありません。そしてここでも、繰り返される印象的リズムが重要なポイントになっています。

 

彼の音楽のもう一つの聴き所は、伝統的ジャズファンにも十分アピールする「ブラインド出来るソロ・フレーズ」を意識的に挿入する戦略性の高さです。私たち伝統的ジャズファンが「マクリーン、カッコいい」という時、必ずしもジャッキー・マクリーンの即興レベルの高さに感動しているわけではなく、言ってみれば聴き覚えのある「マクリーン節」に酔っているのですね。

 

こうしたことは別に「ジャズ精神」に反するわけでは無いのです。ジャズという音楽の最大の特徴は「自己表現」であり、「ブラインド出来る」マクリーン節は、同じく誰にでも聴き分けられるルイ・アームストロングの人間的なトランペットの音色の魅力を受け継ぐ、「ジャズの王道」なのです。そしてカマシはそのことを熟知しているのです。

 

 

今回ほんとうに多様な新譜をまとめて聴いたのですが、個人的に印象に残ったのは「リズムの新しさ、面白さ」なのですね。仮にその上に乗っているフレーズやサウンドは聴き覚えがあるものでも、リズムが新しくなるとまったく印象が変わってしまう。こうした現代的リズムを聴き慣れてしまうと、伝統的ジャズの「牧歌的」リズムでは少々物足りなっている自分に気が付き、我ながら唖然としました。まさに「リズムの音楽」である「ジャズの伝統」は、現代に息づいているのです!

 

 

最後にドルフィーの発掘盤に触れておくと、彼の前衛的試みを知るにこれは必聴盤と言っていいでしょう。3枚組のうち1枚のみが発掘音源ですが、他の既発音源も音質が著しく向上しており、買い替える価値は十分にあると思います。

 

興味深いのが復刻されたTohru Aizawa Quartet / Tachibanaで、演奏の熱気の高さは尋常でありません。かつての日本のジャズ・シーンの熱さがヒシヒシと伝わってくる名盤で、こちらも文句なしのお奨め盤です。

 いーぐる特集「俳句とジャズ〜交感する音と言葉」

 

2019年3月2日(土)午後3時30分開演

入場料:1200円+ワンドリンクオーダー

 

出演:仲野麻紀(ミュージシャン・俳人)・村井康司(音楽評論家・俳人

 

俳句とジャズ。一見まったく異なるこの2つのジャンルに共通性はあるのか?

「俳句っぽいジャズ」と「ジャズっぽい俳句」とは?

そして即興演奏にインスパイアされてどんな俳句が生まれるのか?

ジャズと俳句を愛するミュージシャンと音楽評論家が、語り、演奏し、句会を開催します。句会高得点者にはプレゼントも!

プログラム概要

 

ジャズを感じる俳句紹介

:俳句を「譜面」にして仲野麻紀が即興演奏

  :自作の「ジャズ的俳句」を朗読

  :俳句を感じるジャズ音源を紹介

  :仲野麻紀の即興演奏を「お題」にした句会開催

        

(短冊をお渡ししますので、俳句を一句作ってください。季節は「春」ですが、季語がなくても大丈夫です)

 

:選句用紙配布→好きな句を4句選んでください。

:高得点句の作者には仲野麻紀のCDまたは村井康司監修の「めくってびっくり俳句絵本』をプレゼントします。また、いーぐる店主後藤雅洋が選んだ句の作者には「後藤雅洋賞」を進呈いたします。

 

 

仲野麻紀

サキソフォン奏者。俳人

2002年渡仏。パリ市コンセルバトワールにて、サックスをアンドレ∙ヴレジェ 、編曲をピエール∙ベルトロンに師事。ボンディーコンセルバトワールでは、ステファン∙ パイヤンのアトリエで2年間学ぶ。フランソワ・メルヴィルサウンドペインティングを学ぶ。1920年代製Conn、メタルクラリネット、ネイを使い、色々な音を奏でる。2016年せりか書房から『旅する音楽-サックス奏者と音の経験』を上梓。

 

 

村井康司

音楽評論家、編集者、俳人。著に『あなたの聴き方を変えるジャズ史』『現代ジャズのレッスン』『めくってびっくり俳句絵本1〜5』などがある。俳句同人誌「鏡」同人。

 

 

  • 2月19日(火曜日)20:00~22:00
  • “NEW ARRIVALS”Vol.61
  • 《予約不要、飲食代金のみでご参加いただけます》
  • ユニバーサルジャズとディスクユニオンの共同主催による、新譜紹介イヴェント。毎回話題の新作をていねいな解説付きでゆっくりとご試聴いただけます。お気に入りのアルバムをその場で購入することも出来ます。ジャズシーンの動向がいち早く知れる話題のイヴェントで、私も大いに参考にさせていただいてます。みなさま、ぜひお気軽にご参加ください。
  • 試聴中はお静かにお聴きくださりますよう、お願いいたしておりますので、その旨ご配慮ください。
  • なお、長い間続けさせていただいた”NEW ARRIVALS”は、今回を持ちましていったん終了させていただきます。今後はまた新しい企画を考えております。決まり次第告知いたします。

 

 

 

  •  ●第655回 2019年3月2日 (土曜日) 午後3時30分より   
  • 仮タイトル『俳句とジャズ』
  • フランスを拠点として活動するサックス奏者、仲野麻紀さんは「カイエdu俳句」というブログを運営する俳人でもあります。その仲野さんが同じく俳人でジャズ評論家、そして俳句の著書の編集もする村井康司さんと俳句とジャズについて語り合う、興味深いトーク・イヴェントです。
  • *詳細は追って告知いたします。
  •  対談 仲野麻紀 × 村井康司

 

 

 

  •   ●2019年3月9日(土曜日)午後3:30~6:00 受講料 2000円『小学館カルチャーライブ!』「昭和 → 平成」JAZZ 日本史
  •  通巻100冊を超える、小学館人気分冊百科「ジャズ100年」シリーズ監修者の後藤雅洋が、「JAZZ日本史」というテーマで講演を行います。

美空ひばり秋吉敏子からakiko、小曽根真まで、昭和、平成を彩った世界レベルの和製ジャズ・アーティストの功績と業界の変遷を、日本を代表するジャズ評論家、村井康司さんをお相手に、実際に音源を聴きつつ、語り尽くします。

 

  • 「ジャズ絶対名曲コレクション」第11号(1400円+税)1冊付き

 

                        登場  後藤雅洋 × 村井康司

 

 

 

 

  • 第656回 3月23日(土曜日)午後3:30より 参加費1500円+飲食代

『今聴いてほしいブルース/ソウル/ファンクのメッセージ・ソング』

 

ブルース&ソウル・レコーズ146号(2月25日発売。スペースシャワーネットワーク刊)は特集として、1950年代から1970年代にかけて送り出されたアフリカン・アメリカンによる社会的なメッセージを持つ曲を紹介しています。ビッグ・ビル・ブルーンジーの「ブラック・ブラウン&ホワイト」、サム・クックの「ア・チェンジ・イジ・ゴナ・カム」、ファンカデリックの「フー・セズ・ア・ファンク・バンド・キャント・プレイ・ロック」、等々。それらは身近にしてヘヴィな題材から自由の希求を歌に託すものまで様々であり、ブラック・ミュージックとしての生命力を直裁に宿すものにほかなりません。果たして、アメリカは変わったのか? それらをピックアップし、年代順に実際に大きな音でかけながら、アフリカン・アメリカンの心情、彼らを取り巻く米国状況の変化を考察していきます。

 

出演者:高地明、佐藤英輔、濱田廣也(BSR編集長)

 

 

「スピリチュアル・ジャズって何?」~柳楽光隆さんの好記事

 

 今ネットで話題の柳楽光隆さんの「スピリチュアル・ジャズって何?」という記事を読んだhttps://note.mu/elis_ragina/n/n17f9a89aeae0。非常に役に立った。カマシ・ワシントンの『The Epic』(Brainfeeder)が登場したとき、「スピリチュアル・ジャズ」に結び付けて解説した記事を読んだ記憶があるが、当時は「?」という印象が先に立った。

 

というのも、1967年以来ジャズ喫茶の現場で様々な新譜を見聞きした経験で言うと、この言葉が指しているらしい70年代以降のある種のムーヴメントに対し、当時「スピリチュアル・ジャズ」という呼称は一般化してはいなかったからだ。

 

しかし今回の柳楽さんの記事で、この呼び名が「後から付けられた名称」であると知り、なるほどと納得したのだった。こんな些細なことでも、それを明確に指摘している文章に出会ったのは初めてだった。つまり、カマシの『The Epic』を「スピリチュアル・ジャズ」の文脈で語っている方々の多くが、「ジャズ・ファン承知の」というニュアンスで記事を書いておられるが、私のような古顔ジャズファンにとっては、「え、それどういうこと?」としか受け取れなかったのだった。

 

もちろんコルトレーン以降、彼の影響下にあったファラオ・サンダース以下、アリス・コルトレーンアーチー・シェップなどの諸作は当然新譜で聴いており、また、ストラタ・イーストなども新譜で大半は知っていた。しかしそれらを総称して「スピリチュアル・ジャズ」と称することなど、私にとっては「常識」では無かったのだ。

 

とは言え、この名称がある時期以降、それなりのリアリティをもって使用されているらしいことは「カマシ紹介記事」の文脈で何となくではあるけれど理解は出来たが、肝心の「スピリチャル・ジャズ」の定義自体が、かつてのジャズ・スタイル・カテゴリー用語「ビ・バップ」であるとか「モード」のような明快さを欠いていた。

 

こうしたさまざま理由でカマシスピリチュアル・ジャズ・ラインの話は上の空的にスルーして行ったのだったが、かといって『The Epic』を聴いたとき、そのルーツがまったく見えなかったわけではない。私なりのジャズ史的理解で彼の音楽は「ジャズ史の正統」に位置付けられている。その中身については、昨年話題となったカマシの新作『Heaven and Earth』(Young Turks)のライナーで言及したので、ご一読願えれば幸いだ。ちなみに柳楽さんも私と共にこのアルバムの素敵なライナーを書いておられる。

 

余談ながら、『Heaven and Earth』の「Earth 編」冒頭の印象的な名曲「Fists of Fury」は、現在私が監修している小学館の隔週刊CD付きムック『JAZZ 絶対名曲』Vol.14「新元号のジャズ」に収録が決まっている。

 

話を「スピリチュアル・ジャズって何?」に戻すと、この記事の有用性は当然「スピリチュアル・ジャズの名称が後付けのもの」といった指摘に留まらない。先ほど疑念を呈したこの用語の定義らしきもの、というのも、用語使用者自身「後付け」の事実も知らないぐらいなので、当然かなりあいまいなままだったようなのだ。しかしそれでは話が始まらない。

 

この問題点を今回の柳楽記事は指摘したうえで、かつてのさまざまな「使用例」というか該当しそうなアルバムを基に、考えられる限りの「定義項」を列挙し、具体的に解説、実例をていねいに挙げている。これが実に役にたったのだ。これを読んで、あいまいなままだった「スピリチュアル・ジャズ」の内容がかなり鮮明になったと同時に、カマシ周辺の音楽にこの名称を使用する妥当性も納得できるようになった。

 

この記事で指摘されている、この用語が「ジャズファンほど知らない」理由も興味深い。それはまずもってジャズの本場とされるアメリカではほとんどこの用語が見当たらないこと、そしてUKのクラブ・シーン、DJ経由で日本に移入されたという経緯だ。

 

こうした事実を知ると、「それじゃあジャズ史的にあてにならない名称じゃないか」と思われる方もおいでかと思うが、それは違う。そもそも「歴史」というものは事実関係こそ確定させるべきだが、「解釈」は当然時代によって変わってくる。というか「変わるべき」なのだ。

 

「歴史的事実」は一つでも、それらの「事実」を恣意的になることなくていねいに紡ぎ合わせ、「ジャズ史的意味」というか、より広い展望をもった「有効なストーリー」を描き出すのが優れた評論の仕事だが、今回の柳楽さんの記事はまさにそのまっとうな「評論活動」と言えよう。「ジャズ史」は常に「読み直される」べきなのだ。

第653回 1月5日(土曜日) 

『平成最後の新春トーク! 』〜「ミュージックマガジンジャズベストテン選者が語る2018年ジャズシーン

柳樂光隆/原田和典/村井康司



1(10位): Myron’s World

“Temporary Kings” Mark Turner,Ethan Iverson (ECM)



2(9位): Lebroba

“Lebroba” Andrew Cyrille,Wadada Leo Smith,Bill Frisell (ECM)



3( 8位): Lullaby,Timing

“People Of The Sun” Marcus Strickland Twi-Life (Blue Note)



4( 7位): Furtive

“Currents,Constellations” Nels Cline 4 (Blue Note)



5(Harada’s recommend): Raymond Brings The Greens

        “Close But No Cigar” Delvon Lamerr (Colemine)


6( 6位): Misty

“The Maid With The Flaxen Hair” Mary Halvorson,Bill Frisell (Tzadik)



7(Nagira’s recommend): Afrocatu

“Rasif” Amaro Freitas (Unimusic)



8(Murai’s recommend): The Error

“To The End Of The World”Ai Kuwabara (Verve)


9( 5位): Suite Haus

“Universal Beings” Makaya McCraven (International Anthem)



10(4位): Dancer In Nowhere

“Dancer In Nowhere” Miho Hazama (Verve)



11(Nagira’s recommend): San Souci(Totem)

“People Of The Sun” Anthony Joseph (Hevenly Sweetness)



12(3位): September

“The Seasons” Ben Wendel (Motema)



13(Murai’s recommend): Darling Lorraine

“In The Blue Light” Paul Simon (Legacy)



14(2位): A Blooming Bloodfruit In a Hoodie

“Origami Harvest” Ambrose Akinmusire (Blue Note)



15(1位): Hub-Tones

“Heaven And Earth” Kamasi Washington (Young Turks/Beat)




●ご来場者のご感想、ご質問

桑原あいはあの演奏があの録音ではもったいない。でもBen Wendelの「The Seasons」は素晴らしかった。人の家(Jazz喫茶だけど)でJazzを聴くのは楽しいなー。
* 個人的にデルヴォンラマーのオルガンが好みでした。選外でしたが選んで頂いた原田さんに感謝。初めて聞きましたが、YouTubeで帰って聞いてみます。
* ・Makaya McCraven 「スイートハウス」=とてもカッコイイハウスミュージックのように感じました。
・ Kamasi Washington”Fists of Fury”とPHIL WOODS AND EUROPIAN RHYTHM MACHINE “And When We are Young”が似ていると感じるのは私だけでしょうか?
* 知識は全くありませんが、いろいろな音楽とお話が聞けて楽しい時間になりました。番外編が何だかドキドキしました。これからもたくさん紹介して下さい。
* ピアノがリーダーのアルバムがないのですね。
* デルヴォンラマー、良かった! ミスティ(メアリーハルバーソン)とてもよかった!!! アンソニージョセフ、良かった!!
* どれも良かったけど、何故かBlue Noteの3枚が好みでした。
* 原田さんのコテコテ愛が健在でとても嬉しかったです!
* 楽しかった。良かったです。



以下、質問です。



Paul Simonがこのような新作を作ったのは、David Bowieの遺作『★』の影響もあるのでしょうか?
(たぶんないと思います−村井)

* 音楽評論家の勉強方法(日常的な)を教えて下さい。たとえば、音楽を聴くことのほかに楽器演奏する、作曲する、文学書を読むなど。
(うーん、なるべくたくさん音源を聴く、ライヴも行く、本をたくさん読む、ネットをチェックする、映画や展覧会も行く、ぐらいでしょうかー村井)

* 冒頭で原田さんが、いいリリースが多くて聴くものが多くて大変というお話をされていましたが、個人的にもおもしろい新譜を追うだけでせいいっぱいで、そこから気になる過去のリリースまで聴き直すのが大変です。みなさんは、年間で新しいアルバムを1回以上聴き返すことはどのくらいあるでしょうか? また、気になるリリースのメモ、管理のコツなどはありますか?(個人的には、Spotifyで毎月プレイリストをつくって、New Releaseのリストから、アルバムの1曲目だけを入れるプレイリストをつくって、時間があるときにそこから聴きこんでチェックしています)
(1回以上聴くアルバムもけっこうありますよ。管理というほどではありませんが、僕もサブスクの恩恵をとても被っています−村井)