【緊急事態宣言の延長について】

 

 

コロナ対策のための緊急事態宣言を受けた外出自粛の影響で、売り上げが8割以上も減少した「いーぐる」は、資金繰りのためTシャツ等の支援グッズの販売を始めたところそれを知った有志の方々が募金に応じてくれるなど、多くのみなさま方のあたたかいご支援を受け、なんとか家賃、給料など4月末日の支払い危機を乗り越えられました。この場を借り、募金に賛同された方々、そしてグッズをご購入いただいたみなさま方に心から感謝の気持ちをお伝えします。ありがとうございました!

 

しかしながらこの安堵感は、緊急事態宣言が5月6日に終了し、その後は緩やかに自粛解除の方向に向かうという前提での見通しでした。今日(5月2日)の時点では未定とは言え、緊急事態宣言がほぼ一ヵ月程度延長されるようです。率直に言って、「いーぐる」がこの延長に耐えられるかどうか、極めて不安です。この気持ちは多くのジャズ喫茶、ライブハウス、クラブ、そして居酒屋さんなど、飲食に関わるみなさま方共通の思いではないでしょうか。いや、飲食業だけではなく、広く音楽、映画、演劇等に関わる方々も、おそらく同じ思いでしょう(聞くところによると、渋谷の著名クラブ数件が既に閉店とのことです)。

 

コロナ感染の危険を防ぐため、営業・外出を自粛するという行政の方針は極めてもっともなことで、特に反対する気持ちはありません。ただ一般論として、「生命の危険」と「自粛による損失」は、どちらか一方にのみ的を絞ることは難しいのではないでしょうか。

 

人命を数値として捉えることは極めて危険なことと承知しておりますが、現実問題として、私たちは生命の危険と利便性を天秤にかけているのでは無いでしょうか。例えば2019年の年間交通事故死者数は3215人ですが、誰も自動車の利用を止めようとはしません。自動車利用自粛の損失の方が命の危険より大きいと多くの人が考えるからでしょう。

 

また日本商工会議所会頭三村氏によると、現在の政府の支援策は、5月6日で自粛が終了する前提で計画されたもので、自粛が延長されると、企業倒産等による解雇で失業率が現在の2.4%から11%~20%以上にも増加する可能性があるとのことです。失業率が1ポイント増加すると自殺者が1000人増えると言われていますが、この想定にあてはめてみると、経済的困窮による自殺者数の増加は、優に1万人を超えてしまうことになります。

 

ちなみに4月26日の時点での日本におけるコロナによる死者は348人で、人口100万人あたり2.75人です。同時点でもっとも死者数が多いアメリカは5万3449人、人口100万人あたり160.7人で、これは日本のおよそ58倍ですね。また、もっとも同人口あたりの死者数が多いのはスペインで、481.8人。なんと日本の175倍です。

 

好ましくない例えであることは十分承知の上ですが、仮に日本の年間交通事故死者数が175倍の56万2625人にもなったとしたら、少なくとも私は自動車に乗ることを躊躇しますね。ですから、欧米諸国がさまざまな行動規制を行ったことは、それなりに理解できます。もし私がアメリカ人、スペイン人だったとしたら、当然行政の指示に従います。

 

しかしながら、そうした国々と比べ、58分の1ないし175分の1程度の危険性で、経済活動の委縮による1万人にも及ぶ自殺者の増加を招きかねない自粛措置の延長は、果たして妥当な政策なのかどうか… みなさま方いかがお考えでしょうか。

 

余談ですが、日本とは比べものにならない厳しい行動規制を行った欧米諸国と日本との、数十倍~百数十倍にも及ぶ同一人口あたりの死者数の違いは、手洗い、うがい、土足で家に入らないなどの「生活習慣」だけでは到底説明できない、異常とも思える格差だと私は思うのです。しかしながら、TV、新聞などでこの極めて根源的な疑問にスポットを当てた番組、記事が見当たらないのは、極めて不思議な現象ではないでしょうか。

           【支援グッズ、ご購入のお願い】

 

まさかと思われる方もおいでかと思いますが、52年続いた老舗ジャズ喫茶「いーぐる」も、コロナによる影響で存続の危機に立たされております。2月ごろから下降線をたどって来た売り上げも、4月に入って出された「緊急事態宣言」を受け、週末の臨時休業、営業時間の短縮を実施した結果、8割減と大幅に減少し、スタッフへの給与、家賃支払いにも事欠く危機的状況となっております。

 

こうした事態を受け、スタッフ一同の発案により、いーぐるのロゴ入りTシャツ、パーカー、キャップ、そして「いーぐる50周年」の際制作した私家版冊子『いーぐるに花束を』、店主の最新刊『一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)などを、ネットhttps://jazzeagle.base.shopにて予約販売を開始いたしました。

 

全国のジャズ喫茶ファンのみなさま、日本独自のジャズ喫茶文化を続けさせていただくため、ぜひご購入をお願いいたします。

 

また、「在宅勤務」に飽きた方、「いーぐる」は地下ながら換気も良く、座席間隔も広いのでパソコン持ち込みでの「ジャズ喫茶勤務」(Wi-Fiあり)はいかがでしょう。そもそも当店は18:00まで会話をお断りしているので、会話によるウィルス飛沫感染の恐れは無いと言っていいと思います。

 

よろしくお願いいたします。

 

 

                       いーぐる 店主 後藤雅洋

  • 第679回  日程未定  参加費1000円+飲食代金

4月4日(土曜日)開催予定でしたが、延期いたします。新たな開催日は追って告知いたします。   

       

『第1次世界大戦とスペイン風邪は音楽に何をもたらしたか』

~横断的クラシック講座第20回

 

いまから1世紀前、1918年から1920年頃のヨーロッパの文化状況に注目してみたいと思います。

人類最初の大量殺戮戦争と、新型ウイルスの世界的感染拡大によって、当時の音楽はどう変わり、何が終わり、何が始まったのでしょうか。

ストラヴィンスキーラヴェルを中心に、アメリカや中南米、日本の作品にも耳を傾けつつ、当時の空気を追体験し、私たちの今後を生きるヒントとしたいと思います。

 

 

                             解説 林田直樹

  • 第678回 3月21日(土曜日)午後3時30分より 参加費無料 飲食代金のみ

村井康司『ページをめくるとジャズが聞こえる 村井康司《ジャズと文学》の評論集』発刊記念イベント

  

321日発売の『ページをめくるとジャズが聞こえる 村井康司《ジャズと文学》の評論集』の発刊記念イベントです。スコット・フィッツジェラルドボリス・ヴィアンジャック・ケルアックなどのジャズが登場する小説について、村井康司が音源と映像を使ってレクチャーします。

当日は『ページをめくるとジャズが聞こえる』の販売も行います。

 

  • 本の情報はこちらから

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4401649060/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o06_s00?ie=UTF8&psc=1

 

出演:村井康司(音楽評論家)

 

 

 

 

 

  • 第679回 4月4日(土曜日) 午後3時30分より 参加費1000円+飲食代金

 

タイトル未定 横断的クラシック講座~第20回

 

詳細は後ほど告知いたします。

 

                             解説 林田直樹

【『一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)のご紹介】

 

この度、小学館新書から『一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』という本を出しました。タイトルから想像される通り、この本は以前小学館から出して好評だった『一生モノのジャズ名盤500』のヴォーカル編という体裁をとっています。つまり、「ミュージシャン別」や「楽器別」と言った従来の名盤紹介本とは異なり、「聴いた感じ」でジャズ名盤をセレクトするスタイルを踏襲しています。

 

例えば「朝目覚めの時に聴くに適したジャズ・ヴォーカル」であるとか、「聴くとウキウキするようなジャズ・ヴォーカル」といった塩梅です。というのも、私たちは音楽を聴くとき、無意識のうちに「その時の気分」に合ったサウンドを選んでいるからです。その「無意識の選択」に合ったアルバムをわかりやすく区分してご案内すれば、少々敷居が高いと思われている“ジャズ”に比較的すんなり馴染んでいただけるのでは、というのがこの本の狙いなのです。

 

そしてその選択基準は、あくまで「受け手目線」を貫きました。受け手とは要するに「聴き手」のことで、対する送り手は「ミュージシャン」ですね。「聴き手」は「ジャズ・ファン」と置き換えても良いのですが、今回の新著は小学館から出したCD付きムック『ジャズ100年シリーズ』の経験を活かし、既にジャズ・ファンとなっている方々の周りにいる、より幅の広い「潜在的ファン層」にも注目していただけるよう配慮しました。

 

一概には言えませんが、「ジャズ評論」と呼ばれているものの中には、ミュージシャンの代弁をしているようなコメントも少なくありません。もちろんこうしたスタンスの解説はたいへん重要で、中でも有能なインタビューアーによるミュージシャンのコメントは新人理解、新しいタイプの演奏を知る大きな助けとなります。また、それぞれの「ジャズ観」「ジャズ論」を展開することは「ジャズ評論」の「王道」とみなされているようでもあります。

 

しかしこうした「ミュージシャン情報」や「ジャズ論議」は、既に「ジャズ・ファン」となっている方々が主に関心を持つもので、「潜在的ジャズ・ファン層」つまりジャズに関心があるけれど「敷居の高さ」ゆえ今一つ前へ進めない多くの音楽ファンが求めているものとは、ちょっと違うように思うのです

 

そうした方々が求めているのは、まずもって「どうしたらジャズを楽しめるようになるのか」であり、そのための「わかりやすいジャズの聴き所」をご提供するのが大切だと私は考えているのです。要するに私は「ジャズの実用書」を目指したのですね。付け加えれば、それは「ジャズを楽しむための実用書」であって、マニアックな「通好みヴォーカリスト」の知識・蘊蓄を仕入れる「ジャズを語るための実用書」ではありません。そうした「マニア向け蘊蓄書」は、ファンになれば自然に求めるようになるものなのです。

 

ですから新著ではジャズの専門用語をなるべく使わず、平易な「聴いた実感」に基づくアルバム解説、ミュージシャン解説を心がけています。例えば、歌い手の個性を一番よく表す「声質」を「ハスキー」「ソフト」といった具合に分類し、知らないヴォーカリストの特徴をわかりやすく解説しています。

 

また、小学館のCD付きムック『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』を監修しながら実感したのは、「人の声」という聴き慣れた素材による「歌」は、相対的に抽象的な、楽器によるインストジャズより、親しみやすいということです。付け加えれば、ポピュラー、ジャズ両分野で活躍したフランク・シナトラナット・キング・コールといったビッグ・スターの存在が示すように、「歌」という共通要素によって「ポピュラー・ソング」と地続きな「ジャズ・ヴォーカル」は、“ジャズ”という音楽の特質をわかりやすく浮き彫りにするという効果にも気が付いたのです。

 

つまり、ヴォーカルは敷居が高いと思われているジャズへの入り口として最適なのですね。そしてもう一つの大きな発見は、「キーワード」としてのヴォーカルが現代ジャズ理解の大きな糸口になるということです。現代ジャズを象徴するカマシ・ワシントンやカート・ローゼンウィンケルのアルバムには「ヴォイス」「ヴォーカル」「コーラス」が実に効果的に使われています。また、本来ベーシストだったエスペランサは全編ヴォーカルのアルバムを出しました。つまり「ジャズ・ヴォーカル入門」は「ジャズ入門」に繋がるだけでなく、「現代ジャズ入門」でもあったのです。

 

彼ら以外にも、現代ジャズ・シーンで注目を集めているミュージシャンのアルバムには、例外なくと言っていいほどヴォーカル、あるいはヴォイス、ラップといった「声」を使ったトラックが含まれているのですね。こうした現象は実は“ジャズ”という音楽が持つ大きな特徴の表れでもあったのです。

 

それは「声」が持つ親しみやすさ=ポピュラリティと芸術性の巧みな融合であり、こうした特質は何も現代ジャズだけに顕著な現象ではなく、ジャズ史を振り返れば、ジャズ・ヴォーカルの元祖と言われたルイ・アームストロングや、フランク・シナトラビング・クロスビーら人気歌手を擁したスイング時代のビッグ・バンド、そして晩年のマイルスもヴォーカルこそ入れませんでしたが、「狙い」は「如何に黒人大衆層にジャズを聴いてもらうか」でした。

 

今回「受け手目線」を前提としつつ「声」「歌」から“ジャズ”を眺めた時、もう一つの「ジャズの特徴」であり、「現代ジャズの特徴」でもある「融合音楽としてのジャズ」という側面が大きく浮かび上がりました。そのことを私は「ジャズは最強の音楽ジャンルである」という言い方で強調しています。

 

誤解していただきたくないのは、「最強」は「最善」あるいは「最高の音楽ジャンル」ではないということです。具体的にいいますと、例えばロック・シンガーやボサ・ノヴァ・ミュージシャンがジャズを歌えばロックやボサ・ノヴァの表現領域が広がるかというとそういうことは無く、実態としては彼らロック・シンガー、ボサ・ノヴァ・ミュージシャンが、一時的に“ジャズ・ヴォーカリスト”としてふるまっていることになるのです。

 

その結果として“ジャズ”がロック的要素やボサ・ノヴァ風表現を取り入れ、自らのジャンルの養分としちゃうのですね。そうしたことを“ジャズ”は長年に渡ってやってきた結果が“現代ジャズ”だったのです。

●第675回 『いーぐる連続講演』

 

選曲リスト  解説・選曲  林田直樹

 

第19回横断的クラシック講座「ブラームスはお好き」

 

~ロマ文化との接点~

アンドレアス・オッテンザマー(クラリネット) レオニダス・カヴァコス、クリストフ・コンツ(ヴァイオリン) アントワーヌ・タメスティ(ヴィオラ) シュテファン・コンツ(チェロ) エーデン・ラーツ(コントラバス) オスカール・エケレシュ(ツィンバロム

Universal

 

~愉快に、気ままに、人生を楽しむ~

クリスタ・ルートヴィヒ(メゾソプラノ) レナード・バーンスタイン(ピアノ)

Sony

 

~鬱蒼とした弦に宿る、ほの暗い情念~

ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ) カール・シューリヒト指揮 ウィーン・フィル

London

 

~ウィーンのカフェ文化で生まれた、大衆音楽の源流~

第1曲「私に話して、乙女よ」

第2曲「奔流は岩にぶつかり」

第3曲「ああ、女性よ」

第4曲「夕方の晴れやかな夕日」

第5曲「青々としたホップの蔓が」

第6曲「可愛らしい小鳥」

シグヴァルズ・クラーヴァ指揮 ラトビア放送合唱団 ダーツェ・クラーヴァ、アルディス・リエピニェス(ピアノ)

ondine

 

~晩年の大ヴァイオリニストの心をとらえた室内楽

ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン) グレゴール・ピアティゴルスキー(チェロ) レナード・ペナリオ(ピアノ)

RCA

 

~言葉にはならない、香りのようなもの~

  • 「メロディのようなものが僕の心に」op.105-1 ※約2分半

ペーター・シュライアーテノール) ペーター・レーゼル(ピアノ)

日本コロムビア

 

~「森や林の神秘的な魅力に満ちた宝石のような音楽」(クララ・シューマン)~

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団

RCA/Sony

 

~避暑地の川のほとりで散策をしながら~

イザベル・ファウスト(ヴァイオリン) アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ、1875年製ベーゼンドルファー

Harmonia mundi

 

~孤高な峻厳さと悲しみの色~

アントニオ・ペドロッティ指揮 チェコ・フィル 1958年録音

Supraphon

 

~「セクシーだと思わないかい」「え、何だって?」~

グレン・グールド(ピアノ) 1960年録音・通常盤とは別テイク

Sony

 

~老いた作曲家の創作欲を再び燃え立たせた、クラリネットの音色~

オポルトウラッハクラリネット) ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団

Westminster

 

ブラームスの影響(1)堅牢で古い様式のなかに込められた暗い世界~

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィル

universal

 

ブラームスの影響(2)時間もドラマも封じ込める新しい旋律への希求~

  • 武満徹:海へ ~第1曲:夜 ※約4分半

沢井一恵(十七絃筝、編曲) 中川昌三(アルト・フルート)

日本伝統文化振興財団

 

~国家が滅亡しようとする極限的状況で、音楽はどのように鳴っていたか~

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル 1945年1月22、23日 ドイツ帝国放送局による、第2次世界大戦終結前最後の演奏会のライヴ録音

Berliner philharmoniker

 

~芸術家の心を持つ、親しい友人の死に際して~

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティク モンテヴェルディ合唱団

SDG

 

【東京・四谷 いーぐる ジャズ喫茶物語】

 

人気ジャズサイト「ジャズ喫茶案内」さんが「東京・四谷 いーぐる ジャズ喫茶物語」という長大な記事を書いてくれました。実に濃密かつ正確な内容で、書かれた当人が驚いています。何よりも凄いのは、当時の資料をもとに半世紀近くも前の「ディスクチャート」周辺の人間関係が極めて正確に掘り起こされているところですね。

 

ネット上での反応もこの部分に関するものが多く、高橋健太郎さんや柳楽光隆さんなどが好意的な感想を述べてくれ、また、「日本ポピュラー・ミュージック史の貴重な記録」などという記述も眼にしました。中学校からの友人日野原幼紀と、今も付き合いがある矢野誠さんが高校の頃バンドを組んでいたなどと言う話は、私もこの記事で初めて知りました。

 

今までも当店の紹介記事はいろいろありましたが、「いーぐる」の原点に幻のロック喫茶「ディスクチャート」があったという視点での内容は今回が初めて。私自身、言われてみれば「なるほどそうだったのか」といろいろと思い当たる節があり、大いに感心している次第です。

 

詳しくは記事を参照していただきたいのですが、個人的に面白かったのは今回発売される私の新著『一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)の中に、ジョニ・ミッチェルドナルド・フェイゲンスティーリー・ダンといった普通のジャズ・ヴォーカル本には出てこないようなミュージシャンが多数登場するのですが、実はこうしたミュージシャンのアルバムは「ディスクチャート」の有能なレコード係、長門芳郎さんが購入していたのですね。これもこの記事での発見でした。

 

付け加えれば「ディスクチャート」の仕掛け人、日野原贔屓のビートルズ人脈も、ポール、リンゴのジャズ・ヴォーカル・アルバムが今回の新著に収録されており、これがまたいいのですね。

 

つまり今回の新著で改めてヴォーカルに注目してみたところ、図らずも半世紀も昔の埋もれていたロック周辺の記憶が蘇ったという次第なのです。

 

他の反応としては、友人、村井康司さんから「いーぐるは60~70年代文化の結節点だった」という過大なお言葉をいただきましたが、この時代のジャズ喫茶は大なり小なり「文化の結節点」だったのだと思います。ただ「芥正彦、阿部薫間章の話も別にあり」というくだりに注目すれば、確かにうちはちょっと異質だったのかもしれませんが…

 

言ってみれば、「ディスクチャート」周辺の人脈によるシュガー・ベイブ誕生の物語があたかもアメリカ西海岸文化を思わせる「いーぐる」の明るい歴史だとすれば、「東大全共闘vs三島由紀夫」に登場する劇団駒場主宰、芥氏周辺人脈は、掘り起こせば「三百人劇場放火事件」などという禍々しい人物も登場する、それこそ「いーぐる黒歴史」なのかもしれません。

 

もう一つありがたい反応は、村井さん、柳楽光隆さんらと作った『100年のジャズを聴く』(シンコーミュージック)で有能なエディターぶりを発揮してくれた若手評論家、細田成嗣さんが、「ジャズ喫茶は可能な限り、幅広い客層の要望に応えなければならない」という私の考えを、的確にこの記事から読み取ってくれたことです。

 

こうした基本姿勢はジャズ喫茶経営は言うまでも無く、今回の新著『一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』でも私が心掛けたことでした。

 

ともあれ、今回の労作記事を書き上げてくれたJAZZCITY代表、楠瀬克昌さんには感謝のことばしかありません。彼、ほんとうに日本のジャズ喫茶文化を大切にしてくれているのです。