【Bar stereo, Baker’s Mood + DJ大塚】

 

12月12日土曜日、高田馬場のBar stereoにBaker’s Mood + DJ大塚のイヴェントを観に行きました。先日の渋谷Tangleに続き、ジャズD.J.イヴェント探訪が続いていますが、これはコロナ禍で逼塞を余儀なくされているジャズ・音楽業界が今後どう生き延びるか、その答えを探ろうという思惑も少なからず秘めています。

 

というのも、日本における「ジャズ喫茶」という業種は長い歴史があるため、多様なタイプのジャズ喫茶が存在するとは言っても、いーぐるも含め、ある種の「枠の中」でジャズを捉えているのではないかという思いがこのところしてきたからです。

 

海外ジャズ・ミュージシャンの招聘が難しかった戦前に誕生し、やはり大物タレントの来日が珍しかった60~70年代に最盛期を迎えたジャズ喫茶は、ある意味で「ライヴの代替物」としての機能を期待され、それは21世紀を迎えた今も続いていると言っていいでしょう。つまり日本におけるジャズの受容は、コンサート会場 / ライヴハウス、ジャズ喫茶、そしてレコード・CDショップの3本立てということにでもなるでしょうか。

 

しかしよく考えてみれば、ジャズ音源を提供する場がジャズ喫茶に限らない状況はずいぶんと前に始まっていたのですね。80年代から90年代にかけ、UK発のDJたちがジャズを音源として踊らせるクラブカルチャーが誕生し、日本にもそうしたムーヴメントが伝わっていたのです。しかしながらジャズ雑誌、ジャズ喫茶を含む日本のジャズ業界は、こうした動きに対し必ずしも柔軟に対応して来たわけではないようです。

 

日本のコアな(そしてある意味で保守的な)ジャズファン、そしてジャズ評論家は「ジャズで踊らせる」という一事に拒絶反応を示したのです。そしてジャズ喫茶界隈のファン層も、そうした空気を肯定しているように見えました。

 

私自身は89年に日本公開されたクリント・イーストウッド監督の映画『バード』で、パーカーの演奏に合わせて聴衆が踊るシーンを見ており、また、そもそも戦前のジャズシーンはダンスバンドがジャズの重要な構成要素でもあったことも知っているので、「ジャズで踊る」ということにさほど抵抗感はなかったのですが、90年代当時は大げさに言えば「ジャズを冒涜」みたいな雰囲気があったようです。

 

確かにその頃紹介された「DJ発ジャズ」は、多くのジャズ喫茶で聴かれていたアルバムとは若干テイストが異なっていたことは確かでした。また、率直に言って当時はDJという存在自体が、ジャズファン界隈からは若干色眼鏡で見られていたようです。

 

ところで、DJとひとことで言っても、私も20代の頃FENでよく聴いたウルフマン・ジャックのような元祖ラジオDJと、70年代以降に誕生したヒップ・ホップDJはずいぶん違うもので、そして今話題にしているUK発クラブDJもまた微妙に性格が異なった存在ですよね。

 

私がDJを身近な存在として初めて感じたのは、意外かもしれませんがロックDJでした。70年代当時、私自身「いーぐる」と同時に「ディスクチャート」というロック喫茶をやっていたこともあり、今も渋谷にあるロック喫茶の老舗「グランドファーザーズ」によく通ったものでした。

 

この店はアナログ盤片面を通してかけるジャズ喫茶とは違い、2台のターンテーブルを使い一曲ごとに繋いでいく、現在のジャズDJと同じ手法でお客を楽しませていたのですが、その選曲 / 繋ぎが絶妙だったのです。その頃はジャズに比べ私のロック知識は浅く、そのことに比例するようにロック・ミュージックへの愛着度も低かったのですが、グランドファーザーズの名DJは私の知らない楽曲を実に魅力的に聴かせてくれたのでした。

 

以来私は「DJ技術」の底力を実感したのですが、それと同時に、音楽ジャンル・手法こそ異なれど、選曲 / 繋ぎでお客を惹きつけるジャズ喫茶レコード係とDJは、根底において発想が同じであることも実感したのです。ですから、80~90年代当時、DJを「他人が作った音源をかけているだけ」と揶揄する人たちに対し、「ものの見方が浅いなあ」と思ったものでした。

 

こうした体験があるので、前回訪れた渋谷Tangle での若手DJさんたちの意外とも思えるジャズ選曲も、「場の演出」という視点から楽しむことが出来たのです。

 

いささか前置きが長くなってしまいましたが、今回のBar stereo における「Baker’s Mood + DJ大塚」、私が何となく感じていたことを確認させてくれた素晴らしいイヴェントでした。

 

ひとことで言ってしまえば、DJ大塚のDJ技術のレベルの高さを実感したのですね。知っている楽曲が実に魅力的に聴こえるのです。それに比例するように、Bar stereoのカウンターを囲むお客たちも、この店の売り物である多様なカクテル、ワイン楽しみつつ、じっくりとジャズに聴き入っていました。

 

これって、「場」こそ異なれどジャズ喫茶空間がうまく機能している瞬間とまったく同じなのですね。つまりレベルの高いDJが仕切る場は、ジャズ喫茶が生み出す好ましい時間を「濃縮して」提供しているのです。ですから、こうしたイヴェントに「技術料」としてチャージが発生するのは極めて当然だと思いました。

 

付け加えれば、和地誠さん率いるDJ集団Baker’s Moodのみなさん(山下達郎さん、松崎兄さんら)それぞれが登場するごとに場の気分が変わり、そのこと自体がとても贅沢な体験でした。極めて凝った選曲をする方、Strata East盤を固め打ちにするDJさん、そしてアート・ペッパーを実に良いタイミングで聴かせてくれた大塚さんなど、各々のDJが担当する時間帯自体がまさに「個性発現の場」で、要するに彼ら自身がジャズ・ミュージシャンと同じように、紛れもない表現者たちなのです。

 

そしては初めて訪れたBar stereo も、こうしたイヴェントに適した極めてコージーな空間を作っているのですね。JBLのスピーカーを4台使うという変わったシステムから繰り出されるサウンドは、ジャジーなテイストを満喫させると同時に聴き付かれしない柔軟性を備えた巧みなチューニングが施されており、店主のジャズに対する理解・愛情が感じられました。

 

 

結論として前回に続いたジャズDJ探訪で私が得たものは、いささか手前味噌ながら選曲を重視した「いーぐる」のスタンスは、21世紀のジャズシーンにおいても、それなりに有効なのだなという思いです。一曲ごとの繋ぎが生み出す「濃縮されたDJ空間」に対し、「アナログ片面相当」つまりCDであっても20分程度でアルバムを切り替える「ジャズ喫茶選曲」は、それこそ「在宅勤務」の気分転換や読書のBGMとしても楽しめる、「より、ゆったりとした音楽空間」を提供しているのだという思いです。

 

ちなみに「いーぐる」の選曲は、スタッフが選曲する火曜と木曜18:00~19:00の「新譜紹介」の時間帯を除き、すべて私があらかじめ選曲したプログラムに従っているので、「いーぐる」はDJ後藤の「場」でもあるのですね。

11月15日(日曜日) 「渋谷・Tangle探訪記」

 

柳楽光隆さんが渋谷のミュージックバー「Tangle」で若い人たちと一緒にDJをやるというので観に行きました。道玄坂上のビル3階にあるタングルは小ぢんまりとした居心地の良い空間で、お客さんの大半はお洒落な若い人たち。私の前にいるいずれも素敵なウエアを身に纏った男女グループなど、3人の歳を足しても私の歳に届かないかも...

 

この店、普段はボブ・ディランなどロック系の音楽を流しているそうですが、今日は若手の、ジャズもかけるDJさんたちに柳楽さんが誘われてジャズ中心のプログラムになるというので、勉強がてらでかけたのでした。

 

メンバーは登場順に機他さん、Bungoさん、Souさん、Tonydotさん、そして最後のトリが柳楽さん。柳楽さん以外のみなさんは、いわゆるジャズマニアのようなジャズの聴き方をしているわけでは無いようなのですが、そうした方々の選曲が実にスリリングで面白いのですね。

 

当然「ジャズではない」ような音源もかかりますが、そうした中にシレっとサニー・マレーやテッド・カーソン、そしてジェームス・ブラッド・ウルマーといった「濃い」トラックがごく自然に混ざって行くのを聴くのは実に心地よい。

 

もちろんDJさんによってそれぞれテイストが違うのですが、オーネット・コールマン、チャールス・ミンガスといったコアなサウンドを加工したトラックを巧みにはめ込む人、シャバカ・ハッチングスなど最新のUKシーンのサウンドをフォローする方と、みなさんほんとうに多彩。明らかにかつての「クラブジャズ」とは違った新しい血がジャズシーンに流れ込んでいるのです。

 

そうした若手DJさんたちにに比べると、柳楽さんの選曲はやはり“どジャズ”。安心して聴いていられます。ともあれ、こうした“開かれた場”で若い音楽ファンがジャズに親しんでくれるのはほんとうにありがたい。そしてなにより面白かったのは若手DJさんたちの斬新な「ジャズ解釈」でした。

 

先ほど私なりに「ジャズではない音源」と書きましたが、それはあくまでジャズ喫茶目線の発想で、今どきのジャンル横断的に音楽を聴く若手DJさんたちにしてみれば、私などよりはるかに幅広い音源から“ジャズ”を感じ取っているのでしょう。

 

こうした感性はとても大事で、彼らのような斬新で多彩な感受性の中から「新しいジャズ」が生まれて来るのだと思うのです。

 

このことに関連するのですが、今柳楽さんが「UKジャズシーン相関図」という力作をネット上に発表していますが、その解説が実に有益。「イギリス人にとってジャズは“洋楽”だった」という眼からウロコ的な視点によって、かつての“クラブジャズ”からコートニー・パインなどを経て現在のシャバカやヌバイア・ガルシアに至る系譜を音源付きでていねいに辿った力作なのですね。

 

ポイントは「洋楽としてのジャズ」に対するイギリス人の解釈が、現代ジャズの可能性を広げているところなのです。

 

かつてコアなジャズマニアはイギリス発のクラブジャズを「これはジャズではない」と言って否定的に捉えましたが、そうした感受性はむしろジャズの底力を見くびっていたのです。私は柳楽さん、村井康司さんらとの共著『100年のジャズを聴く』(シンコーミュージック)で「ジャズ最強音楽説」を唱えたのですが、その原理は実にシンプル。

 

例えばロックがジャズ的テイストを取り入れ、音楽的洗練・完成度を高めたとします。そうした場合、決してロックの表現領域が広がったことにはならず、単にジャズの幅が広がったことになるのですね。「ロック」のところに「ラテン」や「ソウル」「ヒップホップ」を代入しても結果は同じ。

 

これは「ジャズ史」を俯瞰的に眺めてみれば当然のことで、19世紀末にジャズが誕生した際もラテン、フォーク、果てはクラシックまで自分たちの音楽の栄養素として取り入れ、それらが1920年代天才的コルネット奏者ルイ・アームストロングによって現在に至るジャズスタイルに鍛え上げられたのでした。

 

それだけではなく、多くのジャズファンが親しんでいる「スタンダード」だって、本来は“ティン・パン・アレイ”つまりミュージカル用に作られた「ポピュラー・ミュージック」なのですね。

 

その、当時のポップスを貪欲に取り入れた“ジャズ”は決してポップスにはならず、ビ・バップを経て「モダンジャズ黄金時代」を築き上げて来たのです。

 

こうした“ジャズ”のしぶとさが21世紀UKシーンを豊かにし、同じように現代の若手DJたちににも受け継がれているのです。ジャズの未来は明るい!

【いーぐる 連続講演】

 

いーぐるでは、音楽界のさまざまな分野で活動されている方々をお招きし、実際に音源を聴きながら、ジャズをはじめ幅広いジャンルの音楽に親しんでいただくための連続講演を行っています。講演は午後6時30分頃終わる予定です。

                

  • 第682回 10月10日(土曜日)午後3時30分より 参加費2000円+飲食代

 

いーぐるオンライントークセッションVol.3

『ジャズ ✕ 文学』

 

ジャズと文学、ジャズと小説の関係は? 

老舗文芸誌「文學界」11月号は、文芸誌としては初めての「JAZZ ✕ 文学」特集号です。

この特集にそれぞれ寄稿している村井・柳樂・後藤が、ジャズと文学をめぐるあれこれを語ります。

 

  • 予約は下記のアドレス、またはお電話にて受け付けております。定員20名で、満席になり次第予約を打ち切らせていただきます。お電話は平日14:00以降受け付けております。当日のトークは、後日動画を配信します。

 

メール予約  jazz.kissa.eagle@gmail.com 

電話予約   03-3357-9857 (平日14:00以降)

 

出演 :  村井康司 柳樂光隆 後藤雅洋

去る8月1日に行われた、林田直樹さんによる「いーぐる連続講演」の選曲リストを掲載し、個人的感想を述べてみます。

 

本来は4月に行われる予定だったこの講演は、コロナによる自粛要請のため延期されたのですが、タイトルが示す通り、戦渦や感染症の危機が文化・芸術状況に及ぼしたさまざまな影響を映し出す、極めて今日的な講演となりました。

 

それを象徴するのが冒頭に紹介された映像作品、クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ) 演じるシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」でした。この退廃的とも、あるいはグロテスクとも思える作品は、芸術と称されるものが、必ずしも万人が受け入れられるような「健全で安全な美」に留まらないことを端的に示しており、それは林田さんの芸術観でもあるのでしょう。

 

そしてこの極めて刺激的な映像は、おそらくは現在の「三密を避ける」と称して推奨されている完璧に消毒された、「無害であれば良しとする風潮」に対する、一種のアンチテーゼと受け取れなくもないようです。

 

こうした、現在の極端に「安全・安心」を求める世間の風潮に対する批判とも受け取れる発想は、「ジャズ」に関わって来た私にはよくわかります。良い例が薬物中毒患者でもあったチャーリー・パーカーによる“ビ・バップ革命”で、彼の挑発的とも言える刺激的演奏は、当時必ずしも一般の人々から好意的に受け止められていたわけでは無かったからです。

 

優れた芸術作品には、「美」だけではなく「毒」もまたあることをこうした事例は示しています。

 

余談ですが、近年「嫌煙権」と称して喫煙者を忌み嫌う風潮がありますが、そうした健全な「健康志向」の持ち主が、その多くが明らかに煙草より害があり、また他人に及ぼす悪影響も煙草の比ではない常習麻薬中毒者であったマイルス・デイヴィスなどの音楽を称揚する光景は、私にはとてもシュールに映るのです。かく言う当店も、今年の4月から都条例に素直に従って禁煙ですが…(笑)。ちなみに私は非喫煙者です。

 

余談続きですが、薬物中毒が判明した歌手やタレントのCD、映像作品などを販売中止にすることが近ごろの日本の「常識」になっているようですが、その原則をジャズに適用すれば、モダンジャズの開祖パーカー以下、マイルス、コルトレーンエヴァンス、ゲッツなど、ほとんどの大物ジャズ・ミュージシャンのCDが店頭から姿を消すことになってしまいます。そうしたものを集中的に提供するジャズ喫茶などは、さしずめ「営業停止」ですよね(笑)。いや、笑い事ではなく、ナチス政権下での「退廃芸術批判」はまさにそうした動きでしたし、また、ソビエト革命直後の溌溂とした芸術運動が、スターリン政権下で急速に硬直した「御用アート」に変容してしまった歴史も、忘れてはいけないでしょう。

 

思うに、こうした極端に危険・異物を避けようとする近ごろの日本の傾向は、例の原発事故以来急速に勢いを増しているように思えます。

 

私は放射線障害や感染症についてはまったく素人に過ぎませんが、原発事故直後の「東日本にもう人は住めなくなる」と称して関西に移住した人たちや、自然界に存在する微弱な放射線と同等レベルの放射線におびえる人が少なからずいたことに大変驚きました。

 

というのも私たち団塊世代は、広島・長崎が悲惨な被爆体験にもかかわらず、両都市共に復興を果たしていることや、冷戦期に米ソ両陣営が行ったおびただしい回数に登る原水爆実験による途方もない放射線被害にもかかわらず、「日常生活」が続けられていたことを皮膚感覚として記憶しているからです。

 

同じように、1950年代にはインフルエンザの死亡者が7000人台に及ぶことが2回もあり、最悪の年は8000人近くが亡くなりましたが、街を歩く人々の数は変わらず日常生活もふつうに維持されていたことを子供心ながら覚えています。

 

ですから、たかだか1000人程度の死者数で暑いさ中マスクをしている人々の姿が私には何とも異様に映るのです。しかし最近少し理由が解ってきたようにも思えます。彼らは必ずしも新型コロナへの感染を恐れているのではなく、コロナ患者であるとみなされることを恐れているようなのですね。信じられないことに、地方都市では、被害者である感染者が、その存在自体に「加害性」があるかのように「差別」されているようなのです。これは明らかなに人権侵害ですよね。つまり、人々の恐怖の対象はウィルスよりむしろ「他人の眼」なのですね。

 

アートは本来こうした悪しき「同調圧力」に屈せず、「毒」も含めた自由な表現を目指していることを今回の林田さんの講演は見事に抉り出しており、これは私の考え方とも一致していたのです。まさに時宜を得た批評性に満ちた素晴らしい講演でした。

 

 

  • 選曲リスト

 

横断的クラシック講座第20回 

『第1次世界大戦とスペイン風邪は音楽に何をもたらしたか』

選曲 林田直樹

第1部(上映)
~文明の退廃とグロテスク、真夜中の病的幻想、少数の美学と悪趣味、自殺願望~
アルノルト・シェーンベルク(1874-1951):月に憑かれたピエロ(ピエロ・リュネール)op.21 ※約37分
クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ) ピエール・ブーレーズ指揮 アンサンブル・アンテルコンタンポラン 映像監督:オリヴァー・ヘルマン 2000年制作
Arthaus

第2部
~ブラジルの「白いインディオ」と呼ばれた超多作な作曲家の郷愁、それでもヨーロッパの過去の伝統や様式に倣うこと~
●エイトル・ヴィラ=ロボス(1887-1959):ガヴォット=ショーロ ※約6分
ローリンド・アルメイダ(ギター、1917-95 ブラジル)
Naxos classical archives

~戦争と疫病の時代の新しい試み(1)最小限の編成、移動可能な音楽へ「すべてを手に入れる権利は誰にもない」~
イーゴリ・ストラヴィンスキー:兵士の物語 ~第2部終幕の大団円 ※約7分
ジャン・コクトー(語り、当時73歳) イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 アンサンブル・ド・ソリスト 他
Philips

~戦争と疫病の時代の新しい試み(2)「亡くなった友人たちに送る音楽、そして200年前の音楽を身近に感じること」
●モーリス・ラヴェル(1875-1937):クープランの墓 ~メヌエット/リゴドン ※約8分
ジョゼプ・ポンス指揮 パリ管弦楽団
Harmonia mundi

感染症を恐れ、握手を怖がった作曲家の、アンダルシアの野性と神秘の炎~
マヌエル・デ・ファリャ(1876-1946):「恋は魔術師」 ~火祭りの踊り ※約4分
ホアキン・アチューカロ(ピアノ)
Sony

~移民の国アメリカの風景。ありのままの混沌を肯定。大衆におもねらない前衛と自由~
●チャールズ・アイヴズ(1874-1954):はしご車のゴング、あるいはメインストリートを行く消防士のパレード ※約2分
レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィル
Deutsch Grammophon

~革命と戦争のロシアから、わたしの嘆きを打ち砕いてくれるものへの感謝~
●セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953):「緑のつぼ(ロシア民謡)」 ※約4分
セルゲイ・アレクサーシキン(バス) ユーリー・セローフ(ピアノ)
Triton

~戦争と疫病の時代の新しい試み(3)日本近代音楽の草分けが考えたことは「歌曲を」
山田耕筰(1886-1965):赤とんぼ ※約3分
平山美智子(ソプラノ、録音当時90歳) 高橋アキ(ピアノ)
Camerata tokyo

タタール系女性作曲家が描く、恐怖と悲しみと空虚を埋めるために、飲まずにはいられない人々~
●ソフィア・グバイドゥーリナ(1931-):ペスト流行時の酒宴(プーシキン原作) ※約23分
マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
RCO Live

~14世紀ペスト大流行時、生きる苦しみを神に訴える歌。西洋と非西洋の境界~
●ギヨーム・ド・マショー(1300-1370):モテット「母なる乙女、幸いなる乙女、私はあなたにため息し、悼み、泣く」/《ノートルダム・ミサ曲》入祭唱「聖なる母よ」 ※約9分
グランドラヴォア
Glossa

 

【いーぐる 連続講演】

 

いーぐるでは、音楽界のさまざまな分野で活動されている方々をお招きし、実際に音源を聴きながら、ジャズをはじめ幅広いジャンルの音楽に親しんでいただくための連続講演を行っています。講演は午後6時30分頃終わる予定です。

                

 

 

  • 第681回 8月29日(土曜日)午後3時30分より 参加費2000円+飲食代

 

「いーぐるオンライントークセッション」 Vol.2

『夏の午後、ジャズと映画を語りつくそう』

 

映画『真夏の夜のジャズ(4K)』(8月21日公開)と『マイルス・デイヴィス クールの誕生』(9月4日公開)の紹介を皮切りに、ジャズと映画をめぐるあれこれを、村井康司、柳楽光隆、後藤雅洋が語ります。

 

  • 予約は下記のアドレス、またはお電話にて受け付けております。定員20名で、満席になり次第予約を打ち切らせていただきます。お電話は平日14:00以降受け付けております。

 

メール予約  jazz.kissa.eagle@gmail.com 

電話予約   03-3357-9857 (平日14:00以降)

 

なおこのイヴェントは前回7月18日に行われた第1回「いーぐるオンライントークセッション」~『2020年前半のジャズ・シーンを振り返る~コロナの世界のジャズは今~』に続き、ビデオ収録し後日有料配信いたします。

 

:「いーぐるオンライントークセッション」は、「ジャズ喫茶案内」を運営されている楠瀬克昌さんと、L.A.のハイファッション・セレクトショップ、「Mohawk」のオーナー、ケヴィン・カーネイさんに運営費用の一部をご支援いただいております。

 

           

                登壇者 村井康司 × 柳楽光隆 × 後藤雅洋

 

 

 

いーぐる  新宿区四谷1-8ホリナカビルB1F  3357-9857

【いーぐるホームページ】           http://www.jazz-eagle.com/

【いーぐる後藤の新ジャズ日記】     http://d.hatena.ne.jp/eaglegoto/

 

  • 第680回 8月1日(土曜日)午後3時30分より 参加費1000円+飲食代

『第1次世界大戦とスペイン風邪は音楽に何をもたらしたか』

~横断的クラシック講座第20回

 

いまから1世紀前、1918年から1920年頃のヨーロッパの文化状況に注目してみたいと思います。

人類最初の大量殺戮戦争と、新型ウイルスの世界的感染拡大によって、当時の音楽はどう変わり、何が終わり、何が始まったのでしょうか。

ストラヴィンスキーラヴェルを中心に、アメリカや中南米、日本の作品にも耳を傾けつつ、当時の空気を追体験し、私たちの今後を生きるヒントとしたいと思います。

 

                             解説 林田直樹

 

 

 

 

  • 第681回 8月29日(土曜日)午後3時30分より 参加費2000円+飲食代

「いーぐるオンライントークセッション」 Vol.2

『夏の午後、ジャズと映画を語りつくそう』

 

映画『真夏の夜のジャズ(4K)』(8月21日公開)と『マイルス・デイヴィス クールの誕生』(9月4日公開)の紹介を皮切りに、ジャズと映画をめぐるあれこれを、村井康司、柳楽光隆、後藤雅洋が語ります。

 

なおこのイヴェントは前回7月18日に行われた第1回「いーぐるオンライントークセッション」~『2020年前半のジャズ・シーンを振り返る~コロナの世界のジャズは今~』に続き、ビデオ収録し後日有料配信いたします。

 

:「いーぐるオンライントークセッション」は、「ジャズ喫茶案内」を運営されている楠瀬克昌さんと、L.A.のハイファッション・セレクトショップ、「Mohawk」のオーナー、ケヴィン・カーネイさんに運営費用の一部をご支援いただいております。

 

                登壇者 村井康司 × 柳楽光隆 × 後藤雅洋

 

                 

  • 第679回 7月18日(土曜日) 午後3時30分より 参加費2000円+飲食代

『2020年前半のジャズ・シーンを振り返る~コロナの世界のジャズは今~』

 

話題の著『100年のジャズを聴く』のメンバー、村井康司・柳楽光隆・後藤雅洋の3人が、今年前半のジャズ・シーンを振り返ると同時に、コロナによって変容を余儀なくされつつあるジャズの現況を熱く語り合います。

なお、今回の講演はビデオ録画し、後日有料配信する予定です。

 

:今回に限り予約制をとり、定員20名とさせていただきます。

予約方法は、平日の午後2時以降「いーぐる」までお電話してください。

連絡先   03-3357-9857

 

               登壇者  村井康司 × 柳楽光隆 × 後藤雅洋

 

 

 

  • 第680回 8月1日(土曜日) 午後3時30分より 参加費1000円+飲食代

『第1次世界大戦とスペイン風邪は音楽に何をもたらしたか』

~横断的クラシック講座第20回

 

いまから1世紀前、1918年から1920年頃のヨーロッパの文化状況に注目してみたいと思います。

人類最初の大量殺戮戦争と、新型ウイルスの世界的感染拡大によって、当時の音楽はどう変わり、何が終わり、何が始まったのでしょうか。

ストラヴィンスキーラヴェルを中心に、アメリカや中南米、日本の作品にも耳を傾けつつ、当時の空気を追体験し、私たちの今後を生きるヒントとしたいと思います。

 

                                  解説 林田直樹

 

 

いーぐる  新宿区四谷1-8ホリナカビルB1F  3357-9857

【いーぐるホームページ】           http://www.jazz-eagle.com/

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