9月27日(土)

フレッド・アステア、もちろん名前は知っているしダンスの名手ということもおぼろげながら頭に残っている。とはいえ、この人物の具体的業績やら、ジャズとの関係については一知半解の域を出なかった。
だが、ジャズというアメリカに生れた特有の芸能、芸術音楽について正確に理解しようとすれば、彼のようなミュージカル・スターについての知識は欠かせないのでは、という直感は以前からあった。それが、その方面に詳しく、また、心底アステアに惚れ込んだ風情の小針さんに講演をお願いした理由だった。そしてその思惑は大正解。
それにしても驚いたのは集客人数。当初、アステアと言っても今のジャズファンにはあまり馴染みがないのではと危惧していたのだが、これが大誤算。スクリーンを設置したため、若干席数が少なくなった店内は47名のお客様で満杯、補助椅子を出してようやく落ち着くありさまだ。
第一印象は「宇宙人」。そして、まるでタコのように柔らに動く手足から、アステアは火星人であると断定した。それには、彼の人間離れした長三角形の頭の形の強烈な印象が大きく作用している。しかし、正直言ってハリウッドスターにしてはかなり奇怪なご面相、体型なのにどうして人気があったのか。そのナゾは、打ち上げの席で三具さんが囁いた「最初に彼の人気が出たブロードウエイでは舞台が遠く、顔が良く見えないから」のひとことで解消。
しかし、決して「いい男」とは思えないアステア人気の不思議も、ダンスを見ればたちどころに解消であった。単に上手いだけではなく、アステアでしか表現しえない華と言おうか、エレガンスが見る人を魅了するのだ。それにしても、終始引きの映像で捉えた5分にも及ぼうという華麗なダンスシーンをワンカットで収録するというのは、まさに神業と言うしかない。なんとこのシーンは40回も取り直し、ダンスのリハーサルは数百回に及んだと聞けば、アメリカン・ショービジネスの世界の厳しさ、気合の入りようが身に沁みた。
肝心のジャズとの関わりも、私たちが日頃、ジョニー・グリフィンやらジャッキー・マクリーンの快演で親しんでいる《ザ・ウエイ・ユー・ルック・トゥナイト》やら、《レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス》のオリジナル歌唱を聴くのは感慨深いものがあった。ポピュラー・ソングがどのようにしてジャズへと変形されたかが、実感をもって理解できるのである。
面白いのは、こうした講演をお願いすると講演者のお人柄まで明らかになることで、小針さんがミュージシャンのどういうところに感応するのかが、手に取るように理解できるのである。彼のキーワードは「エレガンス」。こうした視点はわかる人にはわかる貴重なものだ。今後もアメリカン・ポピュラー・ソングとジャズの接点を探るシリーズは小針さんにお願いすることに決定した。小針さん、よろしく!