12月19日(金)
3年越しの著書『ジャズ喫茶リアル・ヒストリー』(河出書房新社)がようやく出た。私もジャズアルバムの紹介本はずいぶん書いてきたが、ジャズ喫茶そのもので一冊の本を書いたのは初めて。動機は単純で、日本にしかないジャズ喫茶という特殊な音楽空間の記録を残しておきたいということに尽きる。それは自分が40年間関わってきた職業であると同時に、日本のジャズ受容史に大きな影響を与えた文化装置でもあったからだ。
「ALWAYS三丁目の夕日」に見られるように、このところ昭和レトロブームの波に乗ってか、ジャズ喫茶も“レトロ業種”の一つとしてBSTV、雑誌等で取り上げられる機会が多くなった。それ自体はたいへんありがたいことなのだけど、どうもメディア担当者のジャズ喫茶を見る眼が固定観念に取り付かれているように思えるのは、ちょっと困ったものだ。
ジャズ狂のガンコオヤジが趣味でやってるレトロな店で、いまだにアナログ盤しかかけない、まあ、いかにも紋切り型で、確かにそういう店もあるかもしれないけれど、それではジャズ喫茶の一面しか見ていない。
これはファンにもいえて、ネットなどの記述を眺めてもジャズ喫茶の実態を知っている人は思いのほか少ないようだ。それは無理もなく、60年代から70年代にかけてのジャズ喫茶全盛時代を知っているディープなファンはいまや少数派で、雑誌等の耳学問でジャズ喫茶のイメージを形作っているのは致し方ない。
私の知る限り、ジャズ喫茶の現実を最もよく伝えていたのはラズウェル細木さんの『ときめきJAZZタイム』(ジャズ批評別冊)で、あの漫画にはジャズファン、ジャズ喫茶の実態が余すところなくリアルに活写されていた。とはいえこの“名著”にしても、いわゆる80年代バブル期のジャズ喫茶状況であって、伝説の名店「DIG」「ファンキー」がしのぎを削った60年代70年代ジャズ喫茶の勢いを知る者は、今となってはほとんどいないようだ。
そして90年代以降は、一時期ネット上でもちょっとばかり話題になった“吉祥寺派”と“四谷派”などという“対立図式”にしても、当事者たちを納得させるホンモノの事情通らしき発言がほとんど見られないのだ。つまりはジャズ喫茶の常連が減って、ジャズ喫茶常連客同士の濃密な情報交換機能がうまく働いていないのだと思う。
そうなれば当事者がその記録を残すしかないわけで、ジャズ喫茶とはどういうところなのか、そしてジャズ喫茶の現場ではどういうことが起こっていたのかを、出来る限り事実に基づいてこの本には書いてある。おこがましいようだけど、これからジャズ喫茶についてなにか語ろうと思ったなら、まず拙著を一読されてからということにしていただきたいものだ。
個人的には、この本を書くに当って2007年に公刊された、音楽学細川周平さんの戦前のジャズ喫茶研究が実に大きな力になった。この研究がなければ私の“ジャズ喫茶論”はもっと底の浅いものとなっていたに違いない。そういう意味では、他にも種々の事情があったにせよ、この研究成果を取り入れられる形で私の本の出版が遅れたのは幸運であったように思う。