5月14日(土)

このところ私の周りで「ジャズ史見直し」の動きが盛んだ。「いーぐる」で行われている中山康樹さんの『ヒップホップ学習会』は、マイルスの晩年のヒップホップへの接近を端緒に、いま、失われたかに見える「ジャズスピリッツ」が、実はヒップホップの中に息づいているのではないか、というまことに斬新なジャズ史再解釈の試みだ。

そして今日行われた、村井康司さんと伊藤嘉章による、雑誌『JaZZ JAPAN』に連載中の村井さんの記事を音で辿る「ジャズ史で学ぶ世界の不思議:第1回 〜 ジャズはカリブ音楽の一種」もまた、イントロの「ジャズは今のジャズにならなかったかもしれない」という惹句からもうかがえるように、「ジャズ史の見直し」作業と言って良い。

私はこうした試みを全面的に支持する。それはお二方の「仮説」を支持するということとは少し違う。というのも、ジャズとヒップホップの関係にしろ、カリブ音楽との関係にしろ、まさにこれから解明しようという話で、私自身それらの仮説の当否を判断するだけの材料を持たない。

ただ、いわゆる「歴史」というものは、ジャズ史に限らず、時代時代の「再解釈」の「現時点での結果」としてあるわけで、純粋で透明な「真実の歴史」などというものは悪しき意味での「観念の産物」でしかない。だから、常に現存の「正史」を下敷きにしつつも、それらに対し批判的な光を当てる作業を怠ってはならないのだ。そしてその作業を行うことこそが真の評論、批評であり、そうした意味で本来の批評行為を行っている、中山、村井両氏のお仕事を支持するという意味なのである。

余談ながら、中山、村井両氏とも、ジャズ評論の草分け的存在である油井正一氏のお仕事を批判的に継承しようとしている点で共通しているのは、実に興味深いことである。

ところで、実際の講演はというと、個人的に面白い体験をした。というのも、これは「再講演」であるので、私はほぼ同じものを二度聞いているのだ。正直な評価として、地震直後のためほとんどお客様がおいでになれなかった3月12日の講演は、400回を超える「いーぐる連続講演」の中でも白眉の内容だった。

それに比べると、ブラッシュアップしたはずの今回の講演は、密度は濃くなった代わりに、肝心の「ジャズはカリブ音楽の一種」であるという仮説がわかりにくくなった感がある。要するに参考音源が多すぎて、かえってそれらから一定のイメージを構築することが難しくなってしまったのだ。

これは、秋田犬とシェパードとスピッツの3種の犬しか知らない子供が、イヌの概念を構築することは難しくなくとも(私たちの世代が子供の頃は似たような状況だった)、狆やらパグやら近頃はやりのミニチュアダックスなど、外見の著しく異なった種々多様な犬どもを見てしまうと、かえって犬族のイメージが拡散してしまうのと似ているように思える。

このあたりの事情について、打ち上げの席で中南米音楽に詳しい荻原さんが実に的確な批評をしてくれた。つまり、私のようなカリブ音楽に詳しくないファンにとっては、正確でなくとも、絞った情報の方がわかりやすいということだ。ただそれは、秋田犬とシェパードとスピッツだけでイヌを代表させるように、ほんとうの犬、この場合はカリブ音楽の実体を現しているわけではない。

つまり、今回の村井さん、伊藤さんの講演は、学術的な深みは増したけれど、私のようなカリビアンミュージックの「シロウト」にはわかりにくかったということだ。その証拠に、いつものご常連ではない、お見かけしたところカリビアンミュージック・ファンらしき方々の評判は非常に良かった代わりに、講演時間が長すぎたこともあったが、後半お帰りになってしまうお客様も少なからずお見かけした。

今回の講演は、後半のサッチモ、アイラー、ジャコ、そしてロリンズが登場する場面まで“ガマン”すれば、眼からウロコの優れものだっただけに、時間配分の判断ミスはモッタイナイ限りだ。2回目以降の講演では、そのあたりの見直しを期待したい。