7月16日(土)

今年のいーぐる連続講演は、特に考えたわけではないのだが、偶然さまざまな講演相互がリンクし、またそれが外部へも影響を及ぼすという、うまい展開となっている。本日行われた村井康司さんによる『ジャズ史で学ぶ世界の不思議:第2回』は、アラブからスペイン、アイルランドイングランドスコットランドを経て、私たちの目標ジャズ発祥の地アメリカへと辿り、そこから再びスペイン、ケルト、アフリカへと戻るという壮大な音楽の世界一周旅行だった。

ゲストにおいでいただいたおおしまさんが選曲された、世界音楽の多様な音源と、それにぶつける村井さんのマイルス『カインド・オブ・ブルー』《ソー・ホワット》など、ジャズがらみの音源が実にうまくリンクし、私たちに音楽の相互影響のおもしろさ、不思議さを実感させてくれた。

個人的にはアラブ音楽とアイルランド音楽の明らかな類似に驚かされ、また、ブルース特有と思われた独特の発声法が、実はアラブやアフリカにもあったことが興味深かった。ただ、「類似」には、アラブ音楽からスペイン音楽へのような具体的な影響関係と、まったくの偶然、そして、構造主義人類学などで言うところの、(「神話」などにみられる、直接の影響関係がありえない異文化間の)「構造的な同型」というケースも想像され、これはこれでじっくりと考える必要があるように思われた。

今後の研究ポイントとしては、発声法の類似、音階、あるいは音構造の類似、そしてリズムの類似を個別的に探索し、しかる後にそれらの類似が前出3つのうちどのケースなのか考え、最後に発声、音構造、リズムが総合された「音楽」相互間の関係を探求するということになるのだろう。

それはそれとして、こうした意欲的な試みは私たちの想像力を刺激し、音楽の新たな探求の旅へと誘うかっこうの機会を提供してくれた。そしてこれは、中山さんの連続企画『ジャズ・ヒップホップ学習会』が、ジャズ史の読み直しを試みたことに対応していると思う。中山さんがジャズとヒップホップという、今まであまりかえりみられなかった相互関係にスポットを当てたとしたら、村井さんはジャズと世界音楽の関係に新しい視点を導入した。

すでにある多様な音楽間に新たな補助線を引こうとするこうした試みは、音楽批評の根幹に関わる非常に重要な作業なのだが、そうした試みに果敢に挑戦している中山さん、村井さんお二方の講演が、共にいーぐるで行われているのは実に喜ばしい。

ところで、こうした試みはさっそく反響を呼び、ワールド・ミュージックを中心とした連続講演を行っている『音楽夜噺』主宰、関口義人さんと、私たち『いーぐる連続講演』の講演者が共同で、この秋に『ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係』という意欲的イヴェントを開催することとなった。

内容は、私たちジャズ側から中山康樹さん、村井康司さん、佐藤英輔さん、そして私の4名が、ワールド・ミュージック側からは、山本幸洋さん、栗本斉さん、北中正和さん、ピーター・バラカンさん、松山晋也さん(予定)、そして関口義人さんの6名のパネラーが参加し「ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係」について、2日間に渡って意見を交換しようというたいへん興味深い試みだ。

日程は10月29日(土)、30日(日)の二日間で、場所は下北沢のライヴハウス『音倉』。なお、29日にはminga+ゲスト、30日にはSalle Gaveau のライヴ演奏も行われる。

聞くところによると、関口さんがこうした企画を立案した背景は、音楽を従来の固定した枠組みで視ることの限界を感じ、私たちと同じように、ジャンル横断的な視点で改めてジャズとワールド・ミュージックの関わりにスポットを当ててみようということらしい。

確かに21世紀音楽は従来の固定したジャンル意識からは想像もつかない融合が行われており、それぞれの音楽ジャンルが、従来のように「ジャズ批評」とか「ロック批評」といった固定し、ある意味で孤立したスタンスで論評することが困難、あるいは無意味となりつつある。

『いーぐる連続講演』がそうした状況に風穴を開ける一助となれれば、これほど嬉しいことはない。