3月3日(土)

意外に思われるかもしれないが、『いーぐる連続講演』はかなり講演者の自由裁量で行われている。こちらからお願いするにしてもテーマは自由というケースが多い。そうした中では今回の『プロデューサーに聞く』シリーズは企画段階から人選を含め、私たち主催者側が決定した珍しい試みだ。

それというのも、ジャズ・レコード、CDプロデュースの実際は一般ファンがあまり知るチャンスがないと思われるので、こうした音楽制作の内幕を知っていただくのも意味があると考えたからだ。第1回はEMIの行方均さん。彼とは1980年代にブルーノート・レーベルがキングから再び当時の東芝EMIに移った頃からの知り合いなので、お願いがしやすかったということもあるが、それだけではない。

私がジャズ喫茶を始めた1960年代、3大レーベルと言えば、やはりブルーノート、プレスティッジ、リヴァーサイドだったが、その3者はほぼ同格と思われていた。それを知名度、格付け共にナンバーワン・レーベルにまで育て上げたのは、行方さんの功績であった。もともと優れたものを、その優れているゆえんをわかりやすくていねいにプレゼンテーションするという、ビジネスの当たり前を行方さんは実に意欲的にやっておられた。

それを象徴するのがブルーノート1500番台をすべて再発するという快挙であり、共感した私もホンのお手伝いに過ぎないが、「いーぐる」で「ブルーノート1500番台発売記念イヴェント」など開いたのも、今では懐かしい思い出だ。そういえば、行方さんと二人で「ブルーノート・クイズ」なんてものを考えたりしましたね。

今回は行方さんご自身がプロデュースされたサムシンエルス・レーベル立ち上げの際の興味深いエピソードや、行方さんが考えるプロデュース論など、音楽シーンを支える裏方の実態がわかりやすく語られた。日野さんやプーさんの人柄が浮き彫りにされた「裏話」など、現場を知る方ならではの「ここだけの話」だった。

行方さんはジャズCDは商品であるという。それはその通りだが、ちょっと聞きには利潤第一主義のように思われかねない。もちろんそんな単純な話ではなく、行方さんは、ジャズの場合、売れるものと売れないものがあっていい、そして大事なのはレーベルを持続させていくことだと言う。簡単に言えば、たとえば大出版社が売れる雑誌、漫画などで稼ぎ、その利潤を文芸誌などに回すのと同じ理屈である。レコード、出版など、文化に携る企業の王道路線と言っていい。

また、ジャズという音楽の特性から、あまり音楽内容には干渉しないようにしているとも言う。このあたり、さすがに自らジャズを愛するジャズファンならではの理解ある発言だ。

この企画を楽しみにしていたcom-post新メンバー、柳樂さんからの行方さんへの質問も、レコード販売の現場にいる人間らしい具体的なもの。柳樂さんの愛聴盤であるeauレーベル5252V.A.『パリの夢〜ボリス・ヴィアンに捧ぐ』がなぜ再発されないのかという質問から、意外な裏話が出てきたり、また、行方さんもこのアルバムには一方ならぬ思い入れがあるなど、こういう場面では年齢立場の違いを超えたジャズファン同士の交換風景と相成なった。

後半は今売り出し中の人気女性DJ、大塚広子さんがゲストで登場、いろいろ現場のお話を伺う。私などはDJと言えば、はるか昔の米軍極東放送、FENや、ウルフマン・ジャックのイメージが強いのだが、今はだいぶ違うようだ。それでも「曲のつなぎ」でお客の気持ちを惹きつけるという大塚さんのお話を聞けば、これはジャズ喫茶レコード係りとまったく発想は同じなわけで、そういう意味では、大いにわかる。

毎度のことだが、中身が濃く楽しいイヴェントは打ち上げも盛り上がり、2次会でも収まらず、村井康司さん、行方さんらと新宿のいまや珍しい「文壇バー」を2軒も梯子、ご帰還は明け方と相成りました。

行方さん、大塚さん、また何か面白いことをやりましょう。ちなみにこのシリーズ企画の第2回は日本のジャズ・プロデューサーの大御所的存在、伊藤八十八さんをお招きして5月19日に行います。ご期待ください。