5月19日(土)

シリーズ講演「プロデューサーに聞く」の2回目は、かつてイースト・ウインドを立ち上げた日本ジャズプロデュースの大御所、伊藤八十八さん。正直、このシリーズ若干の危惧はあった。同じ職業の方々をお招きすれば、「似たような話」の羅列になりはしないか…しかしその懸念、2回目で早くも払拭された。音楽プロデュースという仕事、やることは同じでもアプローチが人によってまったく違うのだ。

早稲田のニューオルリンズ出身の伊藤さん、大学時代はピアノをやっておられたそうだ。要するにアマチュア・ミュージシャン。このことがなんらかの形でお仕事の姿勢に反映されているように思うのだが、具体的にどうと指摘するのは難しい。ミュージシャンの音楽性を優先するスタンスは、前回のEMI行方さんだっておんなじだ。ちなみに行方さんが楽器を演奏されるという話は、今のところ存じ上げない。

では、どこが違うのか。これは八十八ご自身がおっしゃっていたことだが、最初に入社したフォノグラムがわりあい小規模な会社で、一人で契約からレコーディング、アート・ディレクションなど、すべての作業に関与したことが大きいようだ。要するに、アルバムをトータルで管理しやすいのだ。

また、これも八十八さんがおっしゃられたことだが、大学の先輩に当たる一関『ベイシー』の名店主、菅原さんからオーディオの影響を受けたことが大きいように思う。ちなみに、ひとことでオーディオ・マニアと言っても、早稲田のハイソ(だったか)でドラムを叩いておられた菅原さんは、具体的な楽器の音色やジャズのナマナマしさを再現する方向からオーディオに関わっておられるように思う。菅原さんはジャズ喫茶店主であられるのだから当然でもあるのだが、だからこそジャズ・アルバム制作の現場と共通するところが多いのではなかろうか。

今思うと、イースト・ウインドの名盤の数々、各楽器の表情が生々しく再現されていることもアルバムの価値を高くしていた大きな要因のように思われる。

もうひとつ、かつてのイースト・ウインドがテイストの異なるジャケットを使用しつつ、トータルなクオリティの高さと、不思議と共通したイメージを買い手に与えたのは、実は八十八さんが美術をも志しておられたからだということが今回判明した。これ、けっこう大きいように思う。というのも、個人的経験から言って、音楽のみでジャズに関わる人と、美術の感覚をも合わせ持ってジャズに関わる方では、微妙な違いが感じられるのだ。誤解を恐れずに言えば、センスがいい。
ミュージシャン体験と美術経験が重なると、どういうわけかジャジーな感覚が生まれるようなのだ(たしか、ウエイン・ショーターもそうだったと思う)。可笑しかったのは、当初ディヴィッド・サンボーンでレコーディングする予定が、サンボーンが来られなくなり、たまたまスタジオの前を通りかかったマイケル・ブレッカーに代役を頼んだ話など、ふだんからのミュージシャンとの信頼関係が無ければ成立しないエピソードであると同時に、いかにもジャズ的な臨機応変である。

しかし個人的に大きな収穫だったのは、最後の質疑応答の際、お客様からの質問に答える形で八十八さんがおっしゃられたことばの数々。毎日人よりも2〜3時間多く仕事をする。ミュージシャンに出来上がったアルバムを送る(こんな当たり前と思えることも、アメリカのレコード会社はおろそかにしているそうだ)。こうした地道な努力も10年続ければ何らかの形になってくる、などなど、ほんとうに失礼を承知で言わせていただければ、一見ラテン系のダンディでスマートな外見(いかにもモテそうです)からは想像も着かない着実で誠実なお仕事ぶりである。

加えて、ミュージシャンの音楽性を見極め、その音楽に適した録音エンジニアを選択することや、従来おろそかにされていたカッティング(アナログ時代のお話)の現場にまで立会い、音楽の表情がカンゼンに生かされていると判断できるまで、何度でも音質チェックを行うなど、職業人としてのモラルの高さを心底教えられました。

また、一流の方々とお仕事する大切さを語る中で、世界的デザイナーとして名高い石岡瑛子さんのエピソードとして、ジャケットデザインを畳ほどの大きさに引き伸ばし、ほんの数ミリのアカを入れる作業を朝までやっておられ、その指定どおりに直すと、もうほとんど出来上がっていると思われた版下原稿がさらに良くなって驚いたお話など、「最後まで手を抜かない」ことが一流の証なのだと実感いたしました。

奥ゆかしい八十八さんは石岡さんに事寄せて語っておられましたが、間違いなくこれは八十八さんの信条でもあるはずです。カッコいい。八十八さんと私は1歳しか年が違わないのですが、今回、こころから「先輩」と信服いたしました。今後もぜひ面白くかつ含蓄の深いお話をお聞かせください。テーマはお任せです。

なお、再来週は伊藤さんの早稲田ニューオルリンズ・ジャズの後輩でもあり、また、学生時代にはわが「いーぐる」でアルバイトをやっていただいたこともある元ユニーバーサル執行役員、青野浩史さんに「プロデューサーに聞く」3回目として『ジャズ・レコード〜送り手側の視点から』をお送りいたします。さて青野さんはどのような切り口でお話くださるのでしょうか。ご期待ください。