5月11日(土)

1970年代から第一線で活躍を続けている日本を代表するジャズ・プロデューサー、伊藤八十八さんによる『スマホで聴けないサウンド体験』は、ジャズアルバム音作りの裏側がわかる新鮮な講演だった。

職業柄と私自身オーディオ・マニア的なところがあるので、再生側のノウハウは少しはわきまえているが、制作サイドではいったいどんな操作が行われているのかは、知る由も無い。その辺りのナゾを八十八さんはていねいにアナログ盤を含む実際の音源を示しながら解説してくれ、改めてジャズアルバムにおける「音作り」の重要性を実感した。

印象的なことばをいくつか挙げておこう。まず、ボリュームについて。私たちはなんとなく「上げて行く」という感覚で音量を調節するが、電気的に見れば全開状態から電気抵抗その他の電子的機構を用い「絞っている」のがボリューム。つまり出来うれば「全開」がまっとうな音で、耳の限度、住宅事情などからやむを得ず絞るのだが、それは少なからず音質に余分なものがまとわり着く原因となる、という眼からウロコ的指摘。

ヴィジュアルでは白黒テレビからカラー化、大画面化、解像度のアップなど、ずーと実際の視覚体験に近づく努力が成されているのに、オーディオにおいては、ある時期からスマホに象徴されるように、むしろ後退現象が起きている。確かに、スマホでジャズ演奏についてどうこう言うのは、白黒テレビで最新ハリウッド映画の出来を云々するに近いのかもしれない。

録音現場では最新デジタル技術がアナログの音に近づけるために使われており、その際キモとなるのはDA-ADコンバーターだそうだ。また、そうした機材はどうしてもヨーロッパ製品に一日の長があり、その原因は技術というより作る人間の音楽的感受性によるところが大きいという。

これはオーディオ再生においても実感されることで、日本製は特性的に何の問題もなくとも、「聴いていて楽しくない」ものが少なくない。「特性の縛り」がもっとも実感されるのはJIS規格に合わせるため、高級輸入オーディオ製品は「日本向け」に細部を変更しているものがあるそうだ。で、あまりそういうことを気にしない普及輸入オーディオ製品にむしろ「音楽的」と言えるものがあるというではないか。これも眼からウロコ。

また、録音現場の裏話として、有名なダイレクトカッティングの名盤『ザ・スリー』(East Wind)でなんとジョー・サンプルは《オン・グリーン・ドルフィン・ストリート》を知らず、現場でシェリー・マンらに教えてもらったというではないか。にもかかわらずのスリル満点のソロは、さすがジャズマン。今までフュージョン・ピアニストと若干タカを括っていたけれど、これまた眼からウロコの快演でした。

また、嬉しい話として、八十八さんは本場アメリカのジャズ・プロデューサーに対する日本人のハンディキャップを埋めるべく、『DIG』『FUNKY』など、私たちの先輩ジャズ喫茶でジャズの勉強をしたという。その成果は確実にあって、アメリカ人が知らないことまでジャズ喫茶で学び、それをミュージシャンにぶつけるとすぐにさまざまな音楽的要求に対しても納得してくれたそうだ。

当然のごとく打ち上げも盛り上がり、夜遅くまでジャズ関係者一同でジャズに限らない音楽界の裏話に花が咲く。可笑しかったのは「接待」に寿司は鬼門で、ミュージシャンによっては日本人の感覚では考えられないほど大量に食べちゃうという。もちろん費用も天文学的。その点、焼肉はいくら食べるといっても限度があるそうな・・・

と言いつつ、われわれの打ち上げは相変わらずデフレが幅を利かす某中華屋、お値段の方はたらふく食べ飲み、まさに虫眼鏡的な割り勘で、これにはC級グルメにも詳しいと言う八十八さん、眼を丸くされていた。八十八さん、また何かやりましょう!