6月15日(土)

自分が参加しているジャズサイトのことをしゃべるのは気がひけるが、com-postがジャズファンから信用されているとしたら、その大きな理由のひとつに同士、林建紀さんの存在がある。とりわけアーリージャズについての知識、聴いている量はハンパじゃない。だから、口煩いマニアたちも一目置いてくれているのだと思う。

その林さん面目発揮の素晴らしい講演の模様をレポートしよう。正直、フレッチャー・ヘンダーソンをいったいどう料理するかいささか不安だったが(だって、知名度といい、イメージといい、かなり地味ですよね)、講演が進むほどに杞憂は一蹴、私のようなアーリー・ジャズおんちにもフレッチャー・ヘンダーソンの存在意義が手にとるように理解できた。

乱暴に要約しちゃうと、ある意味でエリントンやベイシーほどには個性が強くなく、また人が良かった(育ちもいい)ヘンダーソンだからこそ、その後のビッグ・バンド・アレンジのスタンダード足り得たのではないかと私は理解しました。それを林さんは「悲劇」と表現したけれど(これは確かジョン・ハモンドの見解でもあったと思う)、少々非情に歴史的パーステクティヴから観れば、それが彼のジャズ史的な(しかも重要な)役割だったのではないだろうか。

具体的内容に立ち入ると、やはりサッチモの存在が大きい。彼が入るとヘンダーソン・バンドの表情が一変し、まさに「ジャズに成る」のである。ジャズ史の教科書で何度も読んではいるけれど、実際に時間軸を追う林さんならではの実証的音源提示を聴くと、それが実感としてヒシヒシと伝わってくるのだ。これは個人的思いだけど、仮にサッチモが居なかったらヘンダーソン・バンドの意味も変り、なによりジャズ自体が現在のように内容の濃い音楽足りえなかったのではなかろうか。

素晴らしい講演は自ずと素晴らしいお客様を惹き付け、当日はなんと国家戦略大臣表彰を受けたルイ・アームストロング協会率いる外山喜雄・恵子ご夫妻がおいでになられたのだ。しかも講演後に、トランペットと、サッチモが活躍した1920年代に作られた貴重なコルネットを夫人のバンジョーによる伴奏で演奏していただくという幸運に私たちは恵まれたのだった。ラッキー!

演奏も嬉しかったけれど、私にとっては外山さんのお話が心に沁みた。長年私がサッチモの音楽に抱いていた思いが決して的外れでないことが、まさにサッチモ協会の御大によってお墨付きを得たのである。それはサッチモこそがジャズに「スイング感」という絶妙の味付けを施し、そして楽器を「声のように使う」というジャズならでは使用法を編み出したからこそ、「ジャズ」が現在のジャズ足りえたという実に深い内容。

当然のごとく打ち上げも盛り上がり、外山ご夫妻はじめ古庄さん小針さん、そしてcom-post村井編集長ら総勢10名を越す大所帯が近くの中華屋さんに乗り込み、ここでもジャズ談義に花が咲く。まさにジャズファン至福のひと時を過ごした一夜でありました。林さん、ありがとう! そして外山喜雄さん、恵子さん、ありがとうございました! 心から感謝です。