6月22日(土)

ロックのルーツがブラック・ミュージックであるということは私自身も言い、またものの本にも書いてあることだが、その実態については実はあまりよく理解していなかったことを杉原さんの解説で知った。ホントウにもののわかった人の話しを聞くことのありがたさを実感させられる素晴らしい講演だった。

しかしそれは決して肩肘張ったものではなく、むしろ砕けた世間話に耳を傾けるうちに知らず知らず知識が深まるという実に楽しい体験で、杉原さんの語りのテクニックに驚かされたのである。

テーマはビートルズ登場以前のブリティッシュ・ロック、なかんずくクリフ・リチャードとシャドウズにスポットを当てるもので、前回3月に行われ途中でプロジェクターの故障で中断してしまった話の続き(ちなみに私は、若い頃友達の影響もあってけっこうシャドウズが好きだった。今でもときどき東芝音楽工業時代のLPを聴いています)。

当然ダブリを避ける配慮がなされ、これが私にとって大収穫。つまり、前回はイギリス・ロックシーンの特殊性(実は日本と同じように「輸入音楽」であったことなど)についての説明がなされたのだが、今回は更に遡ってアメリカにおけるロックンロール誕生の経緯が詳しく解説される。

話しのキモはアトランティック・レーベル誕生の経緯に象徴される黒人音楽の流れと、それと対照的とされたカントリー・ミュージックの意外な近接関係、そして当然のこととして両者の違いが本質的部分にまで掘り下げて議論される。

近接関係とは結局のところ、黒人も白人も混ざって生活しているわけで、「聴いている音楽」には共通している部分が少なくないことによる類似。他方、カントリー・ミュージックが保守的で「過去の(美化された)思い出」を中心テーマとしているのに対し、黒人音楽が電気楽器の導入など、より革新的な方向を向いているという本質的な違いがていねいに説明され、まさに眼からウロコ。

個人的には、いままでほとんど意識的には聴いていなかったカントリー・ミュージックの「味わい」がリアルな映像とていねいな解説によって、はじめて好ましいものとして実感されたことが大きい。まあ、歌詞の(あまりにも男尊女卑な)保守性には驚かされましたが・・・それにしても「アメリカ」は広い。ニューヨークやロスでアメリカを知ったことにはまったくなりませんね・・・
とまあ、私にとっては実にありがたい講演であったのだが、その理由はおそらく杉原さんのご専門が政治学であったことが大きいのでは・・・というのも、ポピュラー・ミュージックが成立する条件は必ずしも「音楽的」なものだけではなく、それこそ戦争によるSP原材料シェラックの不足がビニールによるEP,LPの誕生を後押しし、それがまた音楽的内容の変化に結びつくなど、実に複雑な社会連関の結果として現れていることが説得力を持って解説されたのだ。

とは言え、それらが単なる「お勉強」に終わらないのは、杉原さんが大の音楽好きであることが大きい。また、個人的嗜好と客観的事実関係をクールに語り分ける学者としての見識が話しに重みをもたらしていることも見逃せない。

今回の講演はクリフ・リチャードという少しばかりジャズファンにはなじみの薄いテーマだったので、若干お客様の入りが悪かったが、音楽について幅広く知りたいという方々にとって杉原さんの講演が楽しくかつ為になることは、私が保証いたします。

7月から4回にわたって行われる、杉原さんによる連続講演『日本のポピュラー音楽受容史 〜 ジャズ・エイジからロック・エイジにみる日本の大衆文化の強み』をお聞き逃しなく!