8月8日(土曜日)

中原仁さんによる「日本のブラジル音楽」、ブラジル音楽門外漢の私にとって意外な発見のあるたいへん素晴らしい講演だった。そもそもこの講演、6月20日に行われた岡本郁生さんによる「日本のラテン」講演と「対」になるもの。

先般シンコーミュージックから刊行された『モダン・ジャズ革命』(面白い本です)の中で岡本さんは「日本のジャズ・ファンはラテン・ミュージックを見下しているのでは?」という主旨の記事を書いておられたが、それに対し私が「個人的にはまったくそんなこと思ってもみなかったけれど、仮にそういう風潮があるとしたら、一度『日本におけるラテン音楽受容の歴史』を考えてみたらいかがでしょう」と提案したのが「日本のラテン」講演だった。

岡本さんの講演は大成功で「日本ラテン受容史」を一覧できる素晴らしいもの(詳しい内容はブログをご覧ください)。そして今回の中原さんの講演も「日本におけるブラジル音楽受容史」が、私のような門外漢にも簡明に理解できる手際の良さが有りがたかったのだが、プラス・アルファがあったのだ。

それは「意外な発見」というか、むしろ「目からウロコ」的に「ブラジル音楽の特徴」が見えてきたこと。つまり、中原さんも講演冒頭で強調しておられたが、ブラジルは地域としては「ラテン・アメリカ」かもしれないけれど、音楽的には「ラテン」とは一線を画していることが、実感として理解できたのだ。

音源は「日本のブラジル音楽」なのだけど、そのことがもしかしたら私の理解の助けになっていたのかもしれない。つまり「日本人の感性」をフィルターとして切り取った「ブラジル音楽」だからこそ、素人の私にも「なるほど」とブラジル音楽の特徴が「それなりに」ではあるけれど、実感できたということなのだと思う。付け加えれば、私なりに「選曲の一貫性」が聴き取れたことが大きいと思う。専門家ではないので、その特徴をうまい言葉で説明することは出来ないけれど、私なりにブラジル音楽を「カテゴライズ」出来たのが嬉しかったのである。

もちろんそれは、今回の講演だけではなく、近年ある程度継続して行われたてきたモフォンゴ伊藤さん(ニューヨーク・サルサ)に始まり前述の岡本さん、荻原和也さん(カリブ、ブラジル)濱瀬元彦さん(ミナス)、そして真保みゆきさん(サンテリア)ら(ほかにもいろいろありました)による幅広いラテン・ミュージック紹介講演の蓄積があったからこそなのだが、そうした「過去の音源の記憶」が中原さんの今回の講演によって一気に焦点を結んだということなのだろう。

加えて素晴らしかったのは、選曲の良さ。「日本のブラジル」という枠があるのだけれど、ほぼ3時間に及ぶ講演が私のような門外漢にもまったく「長さ」を感じさせなかったことでもそれはおわかりかと思う。そしてこれは私だけの思いではなく、当日参加された多くのお客さま方の感想でもあった。

しかし、打ち上げの席で中原さんのお話を聞き、なるほどとも思ったものだ。それは長年音楽プロデュース、ラジオの現場で活躍してこられた中原さんならではの考えで、ちゃんと「曲順」を考えているとのこと。これはプロならではの技。というかジャズ喫茶をやっている私には良くわかることで、同じ曲でも「かける順序」によって大きく印象が変わることを中原さんは当然ご存知なのである。

そして最後に付け加えれば、けっこう中原さんと私は音楽の「聴きどころ」が近いようなのだ。それが如実にわかったのが、大貫妙子さんの歌うボサ・ノヴァ。思わず私が「いいなあ」と思った彼女の声質を、中原さんもまさに「声質こそがボサ・ノヴァの決め手」と喝破し、大の大貫さんファンであるとおっしゃるではないか。こういう瞬間って、けっこう音楽ファンとしては嬉しいものです。

また、ラジオで番組を長く経験された中原さんなら当然と言えば当然なのだけれど、やはり「語り口」が優れている。わかりやすくしかも要点を突いた説明が、私のようなブラジル入音楽門者にもすらすら伝わって来るのだ。これはやはりラジオ畑出身の小針さんの名調子に通じる「技術」であろう。

ともあれ、講演が素敵だと打ち上げも弾み、大勢の中原さんのファンのみなさんと音楽談義に花が咲く。それにしてもこの世界に長くいると、共通の友人たちが思いのほか多いことや、箱根アフロディテピンク・フロイド初来日など、「伝説のライヴ」に二人とも居合わせたことなど話の種は尽きません。

これを機会に、中原さんにはブラジルに限らず自由なテーマで講演をお願いすることにいたしました。中原さん、今後ともよろしく!