8月6日(土曜日)

既に定評のある小針さんのサミー・ディヴィス・ジュニア特集、事前の予想通りたいへん素晴らしくまた、サミー・デイヴィスに対しての認識を新たにしただけでなく、いろいろと思うところがあった。ともあれ、メモ的に書き連ねてみよう。

まずわかったのは、万能エンターティナーのイメージが強いサミーもまた、シナトラ一家のメンバーらしく「ジャズ畑出身」ということ。これは冒頭にかかった初期の録音で明瞭にわかる。それにしても、ここまでビリー・エクスタインそっくりとは!

ご存知のように、ビリー・エクスタインはパーカー、ガレスピーを擁した歴史的バップ・バンドのリーダー兼歌手。つまりサミーは黒人ジャズ・ヴォーカルの主流、バップ・ヴォーカルの系譜を継いでいるのだ。これはちょっと意外な発見だった。しかしこうした出自がわかるといろいろと見えてくるところがあるものだ。そういう意味で小針さんのこうした講演の進め方はほんとうに親切かつ的確。

次いで彼の「物真似芸」が凄まじい。ふつう「歌い方」までは真似られても、「声質」までコピーするのは至難。しかしサミーはそこまでやっている。思うに彼は、物凄く耳がいいのだろう。そしてそのずば抜けた「耳」で聴き取った他の歌手、役者たちの声の特徴を、的確に再現できる卓越した歌唱・発声テクニックをもっているのだ。

そしてそれ以上に感心したのは、ふつうこうした「巧い歌い手」は得てして「巧いだけ」になりがち。しかしサミーはちゃんとそれを「自分の芸」として聴かせている。「芸」といえば、サミーはシナトラはじめ多くの先輩歌手たちと違い、生まれながらの芸人。それは幼少のころから芸人一家に育ったという環境が大きい。

そうした優れた資質を持ったサミーは、次第にジャズ・ヴォーカリストからポピュラー・シンガーへの道を歩みだすのだが、その過程で見えてきたことがある。一般にジャズはシリアス、あるいは自己表現。他方ポップスはエンターテインメントであるからファン優先という見方がある。もちろんその通りなのだけど、サミーを見ていると「ファン第一」でもちゃんと自己表現をしている。

つまり彼はどんなにファンを楽しませても、「媚び」たり「迎合」したりしているわけではなく、鍛え抜かれた「芸の力」で移り気な聴衆・観客の心を掴んでいるのだ。これは凄い。


ところで、今まで小針さんにずいぶんと講演をお願いしてきたけれど、これらはほんとうに私にとって血となり肉となっている。と言うのも、小針さんの音楽的守備範囲・興味の中心は私とは微妙に違うから。

さきほどジャズとポップスの対比で、シリアス〜エンターテインメントという二つの軸を提示したけれど、私はパーカーでジャズ開眼したせいもあって、どちらかというとシリアス派。他方、小針さんはその粋で洒脱な気質もあってアメリカン・ショー・ビジネスの世界に詳しく、エンターティナー系の歌手がお好き。

私はけっこう戦略的なところがあって、自分と同質の発想の方々にはさほど講演などはお願いしない。自分とは違った視点・価値観・感受性をお持ちの方々にこそ、いろいろと教えてもらうことがあると考えるタイプ。実際、ここ数年小針さんの講演を聴いて眼からウロコ体験はいくらでもあった。具体的に言えば、アメリカのジャズ・シーンは私たちが思い描くほどジャズとポピュラーの整然とした区別は無く、両者は互いに深く影響しあっていることを、「文字面」ではなく「実感」として身に付けたことは非常に大きい。

今回の講演に即して言えば、サミーの歌の巧さはもちろん以前から知っていたし、また実際好きでもあった。しかし、今回の小針さんのかゆいところに手が届くような具体的解説によって、ほんとうにサミーの凄みがわかったと同時に、サミーのことが今まで以上に好きになったのである。それと同時に、アメリカのショービズの世界の懐の深さをいやというほど見せ付けられもした。これは後半に紹介していただいた貴重な映像の力によるところが大きい。

というわけで既に次回小針さん講演は決まっています。10月15日(土曜日)に、『ポーギー&ベス、聴き比べ』ということで、さまざまなポーギー&ベスの演奏・歌唱を聴き比べてみようという楽しいイヴェントです。みなさまぜひお越しください!