第595回 『ダニー・ハサウェイ、その表と裏・・・』 8月13日

選曲 高地 明    聞き手 佐藤英輔



1970年に黒人音楽名門アトランティック・レコードからデビューして(69年9月から録音開始)、最後のオリジナル・アルバムとなる73年の『エクステンション・オブ・ア・マン』までの4年をあっという間に駆け抜けたダニー・ハサウェイ。その栄光のアトランティックでの自己活動と並行する形で、あるいはそれ以前にも、プロデューサー、アレンジャー、ソングライター、ピアニストとして多くのシンガー、グループと関わり、ダニーだからこその素晴らしい作品、特にシングル盤のみで発売された逸品が数多く存在する。
そんな普段語れることの少ないもう一つの活動を通して、ダニーのまた新たな魅力を探り、楽しみたい。

1. Donny Hathaway : Little Ghetto Boy
(Atco 45-6880) 3:29
まずはダニー・ハサウェイを敢えて一曲選びたい。代表アルバムに挙げられることの多い1971年録音『ライヴ』のB面冒頭曲を。そのアルバムとは臨場感(会場ノイズ)が異なる別ミックスのシングル盤ヴァージョンで。

[ダニーがこだわったファンク・ビート]
2. Albertina Walker & the Caravans : Love One Another (Caritas 71B618) 3:00
1971年。地元シカゴの超大物女性ゴスペル・シンガーであるアルバーティナ・ウォーカーのために書いた、ソリッドなビートが効いたゴスペル・ファンク作品。バンド・リーダーとしてアレンジとキーボード担当。

3. Voices Of East Harlem: Oxford Town
(Elektra EKM-45753) 2:56
1971年。ボブ・ディランが63年にアルバム『フリーホィーリン』で発表した、ミシシッピ州オックスフォードにある州立大学での黒人学生入学拒否を問題にしたプロテト・ソング。それを若き世代に伝えるべく、ニューヨークのイーストハーレムの黒人少年少女合唱隊をファンク・ビートで煽って立ち上がらせた。

4. The Kats : Under The Covers (E&C 7717) 2:58
1969年。シカゴのジャズ/R&Bベーシストであるクリーヴラド・イートンがリーダーとなるグループ、ザ・キャッツの高速ファンク。アレンジとピアノで参加。

5. The Soulful Strings : Zambezi (Cadet 5654) 3:00
1969年。シカゴの名門黒人音楽レーベル、チェス・レコードの名物企画だったストリングスとファンキー・ビートを融合させたザ・ソウルフル・ストリングス。その音楽監督であり、有名ベーシストでもあったリチャード・エヴァンスと組んで作った、録音(1969/7/8)の直前のヒットであるニューオーリンズミーターズの「シッシー・ストラット」を無断拝借したファンク・ナンバー。

6. Bros. In Co-op :Listen Here (Bunky 7765) 2:45
1969年。ジャズ巨匠エディ・ハリスの有名曲をアレンジ、変態バグ・パイプ・ファンクでかなり異常。


[地元シカゴ・ソウル・シーンでの活動 男性編]
7. The Impressions : You'll Be Always Mine
(Curtom 1946) 2:40  
1969年。ダニーがプロの音楽家として活動を始めたシカゴで、その最初期に出合った一番の大物がカーティス・メイフィールド。そのカーティスが主宰するカートム・レコードでのアレンジャーとピアニストとしての仕事の一つが本作で、ダニー特有のアコースティック・ピアノの美しい響きもバッチリ。

8. Syl Johnson : Thank You Baby (Twinight 144) 2:35
1971年。シカゴでの活動でもう一人の大物シンガー、プロデューサーであるシル・ジョンスンとの共同作業も重要だ。やはりアレンジャー、ピアニストとして関わったが、この二人の個性の相性は抜群で、シカゴ・ソウルの傑作をいくつか生み出した。イントロのエレピの音からして、ダニーの持ち味全開。

9. Duponts : Always Be My Baby (Atco 45-6854) 2:30
1971年。ダニーが手掛けた男性グループは他にもあり(ユニフィックス、センター・ステージ等)、人気曲も多いが、メロディ自体がダニー節そのものとなる本作を挙げたい。プロデュースとアレンジ、作曲、ピアノを担当。ダニー自身も相当気に入っていたようで、人気シンガーのガーランド・グリーン版もシル・ジョンスンとのコンビで制作している。

10. Maurice Jackson : Lucky Fellow
(Candle Lite CR1938 / Lakeside LS-3101) 3:05
ここからの3曲は、シカゴのライター仲間によるヴォーカル作品を。
1971年。まずは人気ヴォーカル・グループ、インディペンデンツでも活動したモーリス・ジャクスンの本作にアレンジャーとして関わり、名作とした。本作のアレンジと女声コーラスはダニーの人気曲1973年「ラヴ・ラヴ・ラヴ」の原型ともなるものだ。

11. Gerald Dickerson : Heaven And Earth 
(United Artists UA-XW183) 2:48
1973年。シカゴのクリエイションズというヴォーカル・グループの一員でもあったライターで、上記「ラッキー・フェロー」の作者でもあったジェラルド・ディッカースン。ダニーはアレンジとピアノを担当。ここでも女性コーラスが特徴的だ。

12. Emmett Garner, Jr. : Check Out What You've Got (Maxwell L-802) 3:10
1970年。上記「ラッキー・フェロー」のプロデューサーでもあったエミット・ガーナー。ダニーにしては珍しくモータウンも意識したダイナミックなサウンド展開のアレンジ。


[聴き比べ ダニー自ら作った2つのヴァージョン]
13. Woody Herman : Flying Easy
(from album "Heavy Exposure" Cadet 835) 3:10
1969年。白人クラリネット奏者、楽団リーダーとして名高いウッディ・ハーマンだが、黒人音楽名門チェス・レコードでもアルバムを作っていた。本作はダニーの73年発表名盤『エクステンション・オブ・ア・マン』に収録された軽やかにスウィングする名曲として知られているが、元々はインスト・ナンバーとしてこのアルバムのために書き下ろしている。

14. Donny Hathaway : Flying Easy
(from album "Extension Of A Man") 3:11

15. Albertina Walker and the Caravans :
Mama Said Thank You (Caritas 71B618) 3:50
1971年。本日2曲目のシングル盤A面となる、ゴスペルのアルバーティナ・ウォーカー作品。ダニー自身のバンドがバックを請け負い、まるでアトランティックでのダニーのサウンドそのものだが、もともとは次に聞いていただくダニーのデビュー録音楽曲でもあった。

16. June & Donnie : I Thank You Baby
(Curtom CR 1935) 2:38
1969年。女性シンガー、ジューン・コンクェストとのデュエット作品で、ロバータ・フラックとの男女デュエットでも人気があったダニー、その原点ともなる?

17. King Curtis : Patty Cake (Atco 45-6720) 2:45
1969年。かつてリー・リトナーも取り上げてフュージョンの世界でも知られるスペイシーなスウィング感あるダニーのインスト名作「ヴァルデズ・イン・ザ・カントリー」だが、その原型となるのがダニーをアトランティックに誘ったニューヨークの大物キング・カーティスのこのシングル盤だった。ダニーはピアニストとしても参加し、ソロ・パートも与えられた。他のメンバーも、コーネル・デュプリーら、ダニーのアトランティック仲間だ。なお、5曲目の「Zembei」が収録されたソウルフル・ストリングスのアルバムでも「ヴァルデズ・イン・ザ・カントリー」が演奏され、それはこのキング・カーティス作品よりも録音が一カ月程早いが、ここではダニーのアトランティック初セッション作品として本作を推す。

18. Donny Hathaway : Valdez In The Country
(from album "Extension Of A Man") 3:32

19. Roebuck "Pop" Staples : Tryin' Time
(Stax STA-0064)
1970年3月。この曲はもともとダニーがロバータ・フラックの69年デビュー・アルバム『ファースト・テイク』の収録曲としてダニーが書いたものだが、それをステイプル・シンガーズの長老ポップ・ステイプルズがダウンホームなブルース・ナンバーとしてスタックスで取り上げた。ダニー自らピアノで参加。

20. Donny Hathaway : Tryin' Times 3:10
(from album "Everything is Everything")
1970年5月。本作にはBooker T & The MG'sの名ドラマー、アル・ジャクスンが参加し、ダニーの作品の中でも最も重々しくブルースの匂いが充満する。


[ロバータ・フラックを差し置いて愛した女性シンガー/グループ]
21. Carla Thomas : Living In The City
(Stax STA-0061) 2:37
1970年。メンフィス・ソウルの初代女王カーラ・トーマスが意外にもダニーのニューヨーク・サウンドと出合っている。聴き比べでかけたポップ・ステイプルズの作品と同時期に録音されたもので、ダニーはプロデュースだけでなく、ピアノとバック・コーラスでも参加。
22. Betty Everett : Why Are You Leaving Me
(Fantasy 652) 3:30
1971年。シカゴを本拠地として活動した人気女性シンガー、ベティ・エヴェレット。64年名門VJレコードでの「シュープシュープ・ソング」のR&Bチャート6位、ポップ・チャート13位のヒットが有名だが、ここではダニーのアレンジとエレピで素晴らしく可憐でディープなソウル・バラードを披露。作者となる大物男性シンガー、ジェリー・バトラーのヴァージョンも同年にダニーのまったく別の味わいのアレンジで発表されている。

23. Patti Drew : I'm Calling 
(Capitol P-2989) 3:17
1971年。キャピトル・レコードでポップ・ジャズ系の4枚のLPを出している、やはりシカゴでダニーと交流を持っていた女性シンガー。本作はダニーが関わったシングル盤作品全3曲の一つで、アレンジとピアノで参加、上質なジャンプ・ナンバーに仕上げた。

24. Josephine Taylor : I've Made Up My Mind
(Twinight 122) 2:54
1969年。8曲目でシカゴ・ソウルのシル・ジョンスンとの作品を聞いていただいたが、そのシルがプロデュースし、ダニーがアレンジとピアノを担当したもので、これもシカゴ女性ソウル傑作として名高い。

25. The Oncoming Times : What Is Life Without Love 
1969年。シェリル・スウォープという女性シンガーを中心する女性ヴォーカル・トリオで、デトロイトでの録音。ストリングスが華麗なダニーのアレンジで、すこぶるキュートなガール・グループ作品が誕生した。もちろん、ピアノも。


[ダニーのブルース]
26. Freddie King : Yonder Wall
(Cotillion 44058) 3:20
1970年。モダン・ブルース最高峰の一人となるフレディ・キングがキング・カーティスのプロデュースで発表したアルバムからのシングル・カット。このブルース・スタンダードはアップテンポで歌われることが殆どだが、ここではダニーによるぐっとスローなアレンジで、より重厚さが増したものとなった。ホーン・アレンジも、通常のブルースとは感覚が違い、独創性あるもので実に新鮮。ビートの要となるベースはジェリー・ジェモット。
27. Little Milton : Somebody's Changin' My Sweet Baby's Mind (Checker 1231) 2:55
1970年。やはりモダン・ブルースの巨人となるリトル・
ミルトンがシカゴのチェス・レコードからダニーのアレンジとピアノで発表した傑作。もともとダイナミックな
歌いぶりで人気を誇ったミルトンだが、これだけストリングスが豪快に使われたら、ミルトンも乗りまくるしかない、そんな素晴らしい出来栄えとなった。

28. Betty Wilson : Anything To Please My Man
(Dayco 2109) 2:58
1969年。ダニーが通ったハワード大学があるワシントンDCのレーベルからの女性R&Bシンガー、ベティ・ウィルスン作品。彼女は決してブルースばかりを歌ったわけではないが、これはダニーが初めて手掛けたブルースという貴重な記録として聴きたい。


[ダニーの粋と志] 
29. Donny Hathaway : Bossa Nova (Atco 45-6899) 1:47
1972年に公開された、ニューヨークのハーレムを舞台としたドタバタ・アクション映画『カム・バック・チャールストン・ブルー』のサントラ・アルバムからのシングル・カットで、二分に満たない小品だが、涼を感じさせる極上のインストとして、お聞き下さい。

30. Donny Hathaway : Put Your Hand In the Hand
(from album "Donny Hathaway") 3:42
 ダニーの個性ある取組みであった、ポップスやロック作品をダニーだからこその解釈でブラック・ミュージックとしたこと、その好例だ。カナダ出身の女性シンガー、アン・マレーがヒットさせたポップなカントリー・ゴスペルを、美しく高揚するブラック・ゴスペルで聞かせたこれを。71年のセカンド・アルバム『ダニー・ハサウェイ』の最終曲であり、シングル・カットもされた。最後に盟友コーネル・デュプリーのギターが我慢出来ずにクワイアに割って入る!