9月24日(土曜日)

このところ『いーぐる連続講演』の内容報告が大幅に遅れているのは、ひとえに私が現在刊行中の小学館『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』の原稿に追われているためです。何しろ2週間に一度の締め切りはけっこうたいへん。でも、おかげさまで売れ行き好調のようなので、どうしても優先順位はこちらが先になってしまうのです。

と情けない言い訳で始まりますが、山中修さんによる『ヨーロピアン・リズム・マシーン特集(その過去と未来)』はたいへんに面白かった。正直「この辺りは知ってるよね」と思っていたのが大間違い。確かにフィル・ウッズを中心としたE.R,M.は新譜でほとんど聴いていたけれど、サイドのE.R.M.自体についてはかなり大雑把な印象、知識しか持っていなかった。

ところが今回の山中さんの講演はむしろそこが中心テーマで、だから大半が新知識。それだけでなく、E.R.M.の存在自体がヨーロッパ・ジャズ・シーンのその後の展開をいみじくも象徴しているのだった。これにはほんとうに驚いた。おそらく山中さんはその辺りのことが言いたかったのだろう。

まず、スイス出身のピアニスト、ジョルジュ・グルンツはビッグ・バンドの方向に進み、活躍。私も彼のアルバムはけっこう聴いているが、大掴みに言えば、ヨーロッパ・ジャズのわりあい正統的な発展形ではなかろうか。つまりジャズとしてはオーソドックスでありながらかなり先進的。

次いで、こちらもスイス出身のドラマー、ダニエル・ユメールは、ドラマーという立場を活かしていろいろなミュージシャンと共演しているが、どちらかという「フリー寄り」の人選。ヨーロッパ・ジャズがアメリカに対抗するには、現代音楽のバック・グラウンドを活かしてフリー・ジャズ的な方向性を採るのはある種の必然とも言え、彼はその典型とも言えそうだ。

そして、ベースのアンリ・テキシェ。実は私、この人にインタビューしたことがある。と言うのも、率直に言って、E.R.M.の3人の中で一番音楽的に興味があるからだ。きっかけはだいぶ前の『ジャズ批評』誌、元編集長、岡島豊樹さんから教えていただいたアンリ・テキシェのアルバム『粘土の城壁』(Label Bleu・2001年発表)が素晴らしく、以来テキシェのアルバムに注目していたというわけ。

テキシェは息子のセバスチャン・テキシェやバルカンのピアニスト、ボヤン・ズルフィカパシチなどを伴ったバンドで、かなりエスニック・テイストの濃い作品を現在に至るも作っているが、これがどれも素晴らしいのだ。そして、このエスニック・テイストというのが、やはりヨーロッパ・ジャズの大きな流れの一つと言っていいと思う。

つまりE.R.M.は「オーソドックスな先進性」、「フリー寄りのスタンス」、そして「エスニック・テイスト」という、ヨーロッパ・ジャズ・シーンの大きな3ッの方向性をたまたますべて孕んでいたというわけ。このことは山中さんの講演の最後で触れられた「E,R.M.の『その後』を知った上で改めてフィル・ウッズ&E.R/M.を聴くと、また新たな魅力が現れてくるのではないか」という指摘に繋がると思う。

要するにこのチームには、たまたま「ヨーロッパ・ジャズ発展の方向」のすべてが含まれていたから素晴らしかった、と見ることも出来るだろう。そしてまた、彼らE.R.M.の3人が「そうした方向性」を発展させられたのは、フィル・ウッズとの共演体験があったから、と考えることも出来るかもしれない。けっこうこのグループの存在意義は大きかったのだ。

というわけで、今回の山中さんの講演は事前の予測を超えた広がりのある素晴らしいものだった。山中さん、遅くなりましたが、次回もよろしく!