10月15日(土曜日)

「いーぐる連続講演」は、講演希望者の方々の要望に沿って行う場合や、私が個人的にお願いするケースなど、いろいろだ。また、とにかく開催することがたいせつという考えなので、過去の資料・データはもちろん記録しているけれど、特別な場合を除いて特にそれを振り返ることは無い。つまりジャズ的発想(というのも大袈裟だが)に従って、「今が大事」を基本にしている。

だから、今回小針さんに講演をお願いしたときも、漠然と「今年はずいぶん小針さんに登場していただいているな」とは思ったが、年間講演回数で(そして累積講演回数でも)かなり上位であることに改めて気が付いたという次第。しかし、これは偶然ではなく、現在私が監修している小学館のCD付き隔月刊マガジン『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』のために、小針さんの講演がたいへん役に立っているという、極めて具体的な理由がある。というか、だから今回の講演を含め、こちらからテーマを設定してお願いするケースが、このところ極めて多いのです。

その「役に立ち方」は二通りで、それこそ今回の『ポーギーとベス聞き比べ』などは、直接『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』で今後刊行される『ガーシュウィン特集』の貴重な参考となった。そうしたケースは既刊の『フランク・シナトラ特集』や『アニタ・オディ特集』など、枚挙に暇が無い。

しかしそれ以上に大きいのは、過去に20回以上も開催された小針さんの講演によって、少しず少しづつつ私の「ジャズ観」の幅が広くなってきたことだ。具体的に言えば、一般的に「黒人モダン路線」を採ることが多い「ジャズ喫茶族」である私の盲点、「白人エンターテインメント系」に対する無自覚な偏見や、「ヴォーカル一般」の知識不足をずいぶんと補っていただいたことだ。

これはとても大きなことで、率直に言って現在刊行中の『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』がとりあえず無事に進行できているのは、小針さん経由の知識のおかげという部分が少なからずある。たまたま『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』を引き合いに出したが、そちらに焦点を当てて振り返ってみると、これは小針さんに限らず、実に多くの講演者の方々から受け取った知識・感受性がこのシリーズを担当する上で役に立っている。

具体例を一つだけ挙げると、『ボサ・ノヴァ特集』などは、アオラの高橋さん夫妻や、岡本郁生さん、モフォンゴ伊藤さん、おおしまゆたかさんなど、ラテン・ミュージックに造詣の深い方々の講演が、かなり私の不十分なラテン世界の基礎知識を補ってくれている(おかげでこの巻の売れ行きは上々でした)。

小針さんに話を戻すと、私が『いーぐる連続講演』に求める要素がすべて完璧に実現しているのだ。その『要素』とは、「テーマ設定」「斬新な視点・切り口」「良い選曲」、そして「わかりやすい解説」である。とりわけ最後の「わかりやすい解説」は秀逸で、私が時々見る「放送大学」の講師陣と比べても、まったく遜色が無いどころか、むしろ小針さんの方が上。こうしたことは言うは易く行うは難い。なにより言っている私自身、とうていこなせるとは思えない(というか、自分が出来ないから、出来る方にお願いしているのだが・・・)。とは言え、今回は、もう少し小針さんの「やり方」を学ぼうと、決心した次第。

具体的な講演内容に触れると、まずもって大きかったのが「ガーシュウィンはほんとうにエラい」という、「何をいまさら」的実感だった。と言うのも、私自身ずいぶんガーシュウィンには言及し、枕詞のように「アメリカを代表する大作曲家」などと書いては来ましたが、その全体像は見えてはいなかったことが、今回小針さんの講演で暴露されちゃったのである。

しかし、もしかするとこのあたりの事情は、他の多くのジャズ関係者も同じなのではなかろうか。というもの、われわれジャズファンは、パーカーに端を発する「曲は素材」という(それ自体は間違っていない)発想が抜け難く、「ポーギーとベス」にしても、無意識の内に聴いているのはそれを演奏するマイルスのセンスだったり、ギルの料理の仕方だったりし勝ちなのだ。

その辺り小針さんは見抜いていた。だからこそ、今回はもろ「オペラ作家」としてのガーシュウィンを前面に押し出し、まずは「オリジナルな演奏(これはかなりクラシック的)」を聴かせた上で、ジャズ・ヴァージョンと「聴き比べ」るという手法。そうしてみると、あからさまな「ジャズ的要素」をとりあえず身に纏う前の「ナマ」のガーシュウィン・ミュージックが姿を現すという寸法。これが実にいいのだ。

そしてそれらと、それこそマイルス版ポーギーとベスを比べてみると、事前になんとなく予想していた「ジャズ版の素晴らしさ」という、いかにもジャズファン的な感想ではなく、ガーシュウィン自体の凄さがリアルに伝わって来たという次第なのである。これにはちょっと驚いた。つまり、ようやくにして、ガーシュウィンの音楽家としての偉大さを実感として味わうことが出来たのである。これはまさに小針さんのおかげ。

それにしても小針さんの引き出しの多さ、奥の深さには今更ながら驚かされる。これは当分小針さんから栄養を補給させていただこう。というわけで、次回の小針さん講演は11月19日の「レナード・バーンスタイン特集」です。これは絶対にお薦め!