小学館『CD付き隔週刊ムック』シリーズ終了にあたって】

 

私が監修する2014年3月に始まった小学館のCD付き隔週刊ムック『ジャズ100年』は、現在発売中の『JAZZ絶対名曲・令和のジャズ』で無事終了いたしました。刊行期間5年2ヵ月に渡り、シリーズ総計118巻、全1008曲収録、発行総数282万9300部という、ジャズ本としては異例とも思える大部数をお届けすることが出来、ご購読いただいた多くの読者の皆様に心からの感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

 

マイナー・ジャンルと思われていたジャズが、これほど長期に渡り多くのファンのご支持を得られるとは思いもよらないことでした。シリーズ開始当初、億を超す広告宣伝費を聞き、内心「やめた方がいいんじゃない」と思ったものでした。初版4000部が完売できれば御の字というジャズ本業界を知る身にとって、4大紙への全面広告、TVコマーシャルを打つなど、「暴挙」としか思えなかったのです。

 

しかし、そうした「ジャズ内常識」が杞憂に終わっただけでなく、当初1年間26冊の刊行予定が、シリーズ開始早々好調な売れ行きのため翌年も続編刊行という小学館上層部の決定が下され、私としてはまさに狐につままれた思いながら2週間ごとに10000字の執筆ノルマを粛々とこなしてきたのでした。そして好評は翌年も続き、続編・続編の繰り返しで5年を超すロング・シリーズとなったわけです。

 

ジャズファン、そして潜在的ジャズファンは私などが想像する以上に多かったのです。いや、これは「多くなって来た」という方が正しいのかもしれません。思えば本シリーズが始まった同じ年、「J.T.N.C」と略称されたニュースタイルの不定期刊行ムック『ジャズ・ザ・ニュー・チャプター』(シンコーミュージック)が、現在ジャズシーンの第一線で活躍中の柳楽光隆さんによって立ち上げられ、音楽を柔軟かつ幅広い視点で捉える若年層の大きな支持を集めたのでした。

 

「J.T.N.C」はその後も順調に新たな読者層を取り込み、現在Vol.5まで刊行されていますが、これはとりもなおさず、現在活性化しているジャズシーンを背景とした新たなジャズファン層拡大の具体的な現れでしょう。「J.T.N.C」のコンセプトを私なりに要約すれば、「新世代のジャズ紹介本」ということになろうかと思います。

 

それに対し、私が監修した小学館シリーズの基本コンセプトは、創刊号のタイトル通り『JAZZ 100年』でした。これは2017年が1917年の初ジャズ録音から100年目に当たることを念頭に置いたもので、100年を超すジャズ史を総攬しつつ、ジャズ入門者、そして潜在的にジャズに関心を持っている新たなファン層を掘り起こそうというのが企画の狙いでした。

 

当初私は、創刊号『JAZZ 100年』の表紙がビル・エヴァンス、シリーズ第2弾『ジャズの巨人』Vol.1がマイルス・デイヴィスという売り方に象徴される小学館のオーソドックス路線に対し、「J.T.N.C」はロバート・グラスパーをフィーチャーした先鋭的ファン向けというように、共に新たなジャズファン層を開拓しつつも両誌は一種の「住み分け状況」なのだと理解していました。

 

しかし、シリーズ3弾目に当たる『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』が予想外の売れ行きのため延長・延長を繰り返し、2年間のべ52巻もの売れ行きを示したことで、ちょっと考え方が変わって来たのです。二つのムックが開拓した読者層は、表面的には異なっているように見えても、それを支えるジャズファン層の質的拡大という視点で眺めれば、何か共通する要素があるのではないか?

 

その答えはグラスパーの発言にありました。彼は、エリカ・バドゥなど多数のヴォーカリストが参加し話題となった2012年のアルバム『ブラック・レディオ』(ブルーノート)について、「従来のジャズ・ファンとそうでない人たちの懸け橋となればいいと思って作った」と言っているのです。

 

また、現在発売中の『ジャズ絶対名曲最終号・令和のジャズ』に収録したカマシ・ワシントンのキャッチーな楽曲「フィスツ・オブ・ヒューリー」は、ブルース・リー主演の映画『ドラゴン・怒りの鉄拳』の主題歌であり、その斬新な編曲も含めヴォーカル、コーラスがたいへんに魅力的です。

 

これらのことから窺い知れるのは、現代ジャズにおいてヴォーカルが大きく注目されているという事実です。従来、インストゥルメンタル・ジャズとジャズ・ヴォーカルは、暗黙の裡に分けられていたように思います。マイルス、コルトレーンエヴァンスといった「ジャズの巨人」たちのアルバムに、ヴォーカルが挿入されるようなケースはほとんどなく、また、エラ、サラ、カーメンといった人気ヴォーカリストのファンは、微妙にインスト・ファンと嗜好が異なっているように見えたのです。

 

それに対し、『令和のジャズ』に収録したカマシ・ワシントン、ロバート・グラスパー、ケンドリック・スコットといった代表的な現代ジャズ・ミュージシャンのアルバムには、例外なくと言っていいほどヴォーカルがフィーチャーされているのですね。つまり、『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』の予想外の売れ行きと、現代ジャズの動向は間違いなくリンクしている部分があるのです。

 

こうした「並行現象」を解く鍵は、やはり現代ジャズシーンを先導したグラスパーの先ほどご紹介した証言にあるように思います。彼の言わんとしたのは、要するにジャズにおいてもう一度ポピュラリティを見直そうということでしょう。

 

こうしたグラスパーの現代的「ジャズ観」に対しては、伝統的ジャズファンの間で異論もあるようです。要するに「これはジャズじゃない」というお馴染みの反発ですね。しかしそうした発想は、それこそ「JAZZ 100年」にも及ぶジャズ史全体に対する理解が不足しているところから来る、一種の思い込みと言っていいでしょう。

 

こうした方々の思い描く“ジャズ”のイメージは、実のところ「モダンジャズのイメージ」に過ぎないのですね。確かにパーカーに始まり、マイルス、コルトレーンと続く「ジャズの巨人の歴史」は華やかで実りも多く、私などもそこからジャズの魅力に取り込まれたのでした。

 

しかし今回より幅広い視野でジャズ史を総攬しつつ、多くの入門ファン、そして潜在的ジャズファンに向けわかりやすくジャズの魅力をお届けしようと執筆しているうちに、パーカーに始まるよく知られた「モダンジャズ史」は、1940年代末から60年代後半に至る高々20年ほどしか続かなかったのに対し、ルイ・アームストロングに始まりカマシ・ワシントンに至る「全ジャズ史」は、それに数倍する期間連綿と続いて来たことを改めて思い知らされたのです。

 

そもそもルイ・アームストロングはトランペットを通じ今に続く“ジャズ”の大元を築いたジャズの巨人ですが、彼はジャズ・ヴォーカルの開祖でもあり、また、ジャズの世界的普及に尽力した人物であることを忘れてはいけません。また、スイング期のビッグ・バンドには、必ずフランク・シナトラに象徴される華やかな「バンド歌手」がおり、インスト・ジャズとジャズ・ヴォーカルは一続きのものとして人々に受容されていたのです。

 

つまり、天才パーカーによって一気に芸術度数が上がる前の“ジャズ”は、親しみやすいヴォーカルの存在に象徴されるポピュラリティがより重視されていたのですね。また、“モダンジャズ”の行き詰まりを肌で感じたマイルスがエレクトリック・ジャズを創始した動機の一つに、「若い黒人層に自分の音楽を聴いてほしい」という切実な願いがあったことも忘れてはいけないでしょう。これもまた、マイルス流ポピュラリティの追求と言っていいでしょう。

 

こうしたジャズ史的事実を思い起こせば、グラスパー、カマシらのヴォーカルを重視した新世代ジャズは、表面的にはいわゆる“モダンジャズ”とずいぶんイメージが異なっていたとしても、より幅広いスパンで眺めれば、伝統的ジャズの文脈に見事に収まっているのです。

 

現在発売中の『令和のジャズ』では、こうしたこと、つまり現代ジャズの特質が伝統的ジャズの文脈に収まりつつも、明らかに新たなデイメンションに突入しつつあることを具体的音源を示しつつわかりやすく解説いたしました。

 

 

なお、既刊シリーズのうち『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』は現在「楽天ブックス」でかなりお得な価格でセット販売されています。

 

CDつきマガジン『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』前編セット(創刊号~第26

号、特製CD収納ケース&特製ファイルボックスつき)

http://books.rakuten.co.jp/rb/15864129/

 

CDつきマガジン『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』後編セット(第27号~第52

号、特製CD収納ケース&特製ファイルボックスつき)

http://books.rakuten.co.jp/rb/15864130/

 

…とかなりお得です。前編26巻後編26巻でそれぞれ参考小売価格が、35,924円のところ税込み25,000円ですので、なんと 10,924円(30%)OFF! なのです。前編・後編共に購入すれば、21,000円以上安い。しかもCD収納ケース&特製BOXつき。

 

お買い逃がした方はこの機会に是非どうぞ!