7月23日(土曜日)

既に好例となっている、林田直樹さんによる連続クラシック講演の5回目『死とエロスの音楽』、今回もまた期待を上回る素晴らしい体験だった。しかしそれと同時に、いろいろなことを改めて考えさせらるきっかけでもありました。以下メモ的に書いてみる。

まずもっていまさらなんだけど、「クラシックってとんでもない音楽だ」と、心底実感したこと。それと同時に、この感覚、実はあまり共有されてはいないんじゃないかとも思った。その理由は二つほどある。

まずは選曲。林田さんは「ジャズ喫茶」という場、そして「ジャズファン=私のこと」という対象を充分考慮しつつも、毎回実に鋭いものを選んでくる。もしかしたら、一般的クラシックファンもあまり親しんではいないのではないか、と思えるほど、良い意味でトンがっているのだ。

おそらくは「じっくりと聴き込み、演奏に没入する聴き方」をする「ジャズファンの耳」を信用していただいているのだと想像するのだけど、とにかく通り一遍ではない選曲で、ものによっては背筋に戦慄が走るようなものも・・・

そして2番目はちょっと自慢めくので言いにくいのだが、それを当店のオーディオ装置で聴くと、ハーモニー、声質、コーラスのディティールが実に鮮明に聴こえ、「音自体」で「ヤラれて」しまうのだ。この体験はパソコンや小型スピーカーでは、悪いけど無理だろう。

と言うのも私自身、自宅では小型スピーカーで聴いている、その同じ音源が当日選ばれたのだけど、「同じ演奏か」と思えるほど迫真力が違うのだ。ジャズは常時店でも自宅でも聴いているのであまり気にならなかったが、クラシックのアルバムを店で聴くことは滅多にないので、これはほんとうにいい体験だった。

つまり林田さんが選んだ、クラシック音楽のほんとうの凄みを備えた演奏・歌唱を、大型スピーカーで聴くような体験は、私自身を含め、ジャズファンはあまり無いのではなかろうか。その結果、平均的ジャズファンはクラシック音楽のほんとうの凄さを、ちょっと「ナメて」いるんじゃなかろうか。

いや、これは人様のことではなく私自身のことを言っているんで、それなりに充分クラシック音楽に対してリスペクトしているつもりだったけれど、いまさらながら「クラシック恐るべし」なのである。

もちろんだからと言って、ジャズがクラシックより劣るなどとはまったく思っていない。自著で詳しく述べたけれど、両者は「価値観が違う」から。しかし思い切り俗な言い方だけど「感動の絶対値」ということになると、やはりクラシック音楽が持っている力は「とんでもないもの」と改めて実感いたしました。

まあ、これだけで林田講演の「効用」は言い尽くされているようにも思えるのだけど、当日体験できなかった読者のみなさまのために、もう少し具体的に内容に触れてみよう。

1、 単旋律のグレゴリオ聖歌から多声コーラスになると、音楽の趣が大きく違ってくることを実感。

2、ピエール=ロラン・エマール・エマールのリスト「悲しみのゴンドラS.200」など、ECMの新譜と言われても不思議でない。ということは、現代ジャズは想像以上にクラシック音楽の影響を受けているのだと思った。そういう意味では、現代ジャズをより良く理解しようと思ったならば、いまやクラシック的教養は外せませんね。

3、ベルリン・フィルの凄みはコントラ・バスにあり、ウィーン・フィルの魅力はメンバー全員の「呼吸の一致」にあるという林田さんの解説に深く納得。

4、全体を通じ、音楽における「死とエロス」というテーマが実感出来たこと。とりわけヴェルディのレクイエムは、まさに「とんでもない」音楽。聴いている人間が失神しそうになったという話も、よくわかる。ジャズでこれに対抗しようとすれば、パーカーとかホリディのような「重量級プレイヤー」にご出馬いただかなければ、ナカナカですね・・・

結論として、これからはヒマをみて休日に店でクラシックを大音量で聴く必要を実感しました。小音量じゃあ、とうていクラシックのほんとうの凄み、とんでもなさは体感できません。

最後に今後の計画として、グレン・グールド、あるいは「聴き比べ」といったテーマが林田さんとの間で持ち上がりました。詳しい内容が決まりましたら、個人ブログでお知らせいたします。林田さん、次回もよろしく!