6月14日(土)

本日の小針さんによるウエスト・コースト・ジャズがらみの講演、個人的には微妙なタイミングだった。というのも、現在刊行中のCD付きムック『JAZZ 100年』(小学館)のウエスト・コースト・ジャズの巻の執筆が、ちょうど終わったところだったから。これが1週間早ければ、小針さんの「講演」を「参考」にしようか、などという「下心」がなかったと言ったらウソになる。

結論から言うと、小針さんの講演はウエスト・コースト・ジャズの「元」となったマイルス、ノネットが、アメリカン・ショー・ビジネスにどう影響を与えたかというところがポイントで、いわゆる「ウエスト・コースト・ジャズ史」とは若干狙いが違うということもあって、思ったほど論点がカブることはなかったけれど、ウエスト・コースト・ジャズをどう見るかという視点では、すでに私が書いて編集者に送ってしまった論旨と大きく異なることはなかった。

つまり、今回の講演の主旨、非常に示唆に富むと同時に、大枠から見た「ジャズ観」においてはまったく同感なのだ。まあこれは、長年ジャズを聴いてきた人間同士、それほどジャズの見方が違うということは無いわけで、むしろポイントは「すでに知られていること」を基にして、いかに「まだ誰も提出したことが無い視点」を提示するか、というところが大事なわけだ。

そういう意味で「示唆」とは、私などがあまり良く知らないショー・ビジネスの現場における「ジャズ」の扱われようとか、その「変化」の実態について、「なるほど」と思うところがいくつもあった。たとえば、一瞬で観客の注意を引く必要がある映画音楽では、どうしてもキャッチーかつコンパクトな旋律が必要で、それは私たちジャズファンが好むものとは当然ズレてくる。

つまりショービズにおいては、ジャズは道具でしかない。とは言え、私たちが馴染んでいる「その世界の音楽」の源泉を辿ると、あのマイルス・ノネットがあったという「発見」は実に新鮮。確かに、「馴染んだ音」はそれが当然のように思えてしまうけれど、「そうではない発展」もありえたという発想を忘れてはいけない。

また、個人的好みの点でも一致する点が多々あった。同じ曲をサミー・デイヴィスJr.とメル・トーメで比較すると、一般にポピュラー・シンガーに分類されているサミーの方が良いのだ。これは小針さんも同意見だった。また、これらの編曲はどちらもマーティ・ペイチ。しかし、ペイチは両者でまったく違ったアプローチをみせ、このあたりの「職人芸」は見事。ジャズとショービズの洗練された「関わり」が垣間見えたよう。

小針さんは、ジャズ史のまだ言及されていない「横のつながり」に関心があるという。まさに同感で、ジャズにはまだまだ面白いナゾがあると思う。この辺り、私たちで少しずつ解明していけたらいいなあということで楽しい打ち上げは締めくくられたのでした。