12月20日(土)

このところ定評のミュージシャン兼評論家、吉田隆一さんのアルバート・アイラー講演、期待通り興味深いものだった。今回はこれまた好評のゲスト、須藤輝さんとのかけ合いでミュージシャンらしく、「演奏技術」という側面からアイラーの音楽を再評価しようというもの。

前回、エリック・ドルフィー特集の際も、「実演家」ならではの突っ込んだ技術論からドルフィーの音楽の深層に切り込む手際が見事だったけれど、今回もまた、僕ら「聴くだけ」ファンには未知の領域からアイラーの音楽の謎に迫ってくれた。

一番意外だったのは、アイラーは実は優れた演奏技術を持っているということ。僕らは60年代にESPで初めて彼の演奏を聴き、同時に『マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー』なども聴いたが、とりわけ「ヘタ」だとは思わなかったけれども、そのアヴァンギャルド性に驚かされるあまり、あまり「演奏技術」という側面には注意が向かなかったものだ。

しかしこのところ発掘されたアイラーの初期の演奏を聴くと、ちょっと風変わりではあれ、確かにちゃんと狙ったところに音を当てていることは良くわかった。つまり、あの強烈なフリークトーンは「確信犯」なのですね。とは言え、それがツボに嵌るのは少し後のことで、当初は「どうしたら自由になれるか」模索していたという吉田さんの指摘は、充分に説得的。

このようにアイラーを演奏技術の側面から眺めなおすという試み、非常に意欲的かつ革新的なもので、当然おいでいただいたお客様の反応も極めて良かった。こうした「良い講演」の後は得てして「良い連鎖」が続くのもだが、まさにその通りのことが起こりました。

打ち上げの席でおもむろに吉田さんが「良かったらこれ聴いてみませんか」と取り出したのは、すでに関係者間で話題の、吉田さんと例の新垣さんのデュオ・アルバム。実に素晴らしい出来です。正直、「イロモノ」では? と思っていた予想が良いほうに見事覆されました。実にまっとう、かつ斬新な音楽。仮にこれが年内にリリースされていたら、間違いなく私の「今年のベスト盤」は吉田・新垣デュオで決まりでした。

大きな枠組みからいえば、私の耳にはやはり上質のジャズ。とは言え、それが極めて斬新に聴こえるのは、やはり新垣さんのピアノのせいだと思う。明らかにクラシック・ピアノなのだが、それが吉田さんの端整かつ骨太なジャズ・バリトンと出会うと、実にフシギな効果を生み出すのですね。

音楽の内容こそ違え、私はこれと似た好ましい効果を知っている。それはアンリ・テキシェがストリング・オーケストラと共演した隠れ名盤、『ストリングス・スピリット』を聴いた時の興奮と良く似ているのだ。この演奏はストリングス・パートはクラシック的でありながら、それがテキシェたちの「ジャズ」と出会うと、全体として極めて上質のなジャズになっているのだった。

たまたまこのアルバムのリリース直後に来日したテキシェにインタビューしたのだが、彼は実に興味深い裏話をしてくれた。彼が言うには、最初クラシック奏者たちは無意識のうちに「ジャズに寄り添おう」としたのだが、「そうではなく、いつもと同じよう(つまり、クラシック的に)演奏してくれ」と注文を付け、それから一気に演奏がうまい具合にまとまりだしたと言うのだ。

面白い話だと思う。今回の吉田・新垣プロジェクトのプロデューサー、わが友人村井康司さんがスタジオでどういった指示を出したのかは知らないけれど、おそらくこの演奏が素晴らしいのは、新垣さんはごく自然にご自分の持ち味を出し、吉田さんもまたジャズ・ミュージシャンとしての才能を全開させたからではないだろうか。

まったく異なるバック・グラウンドを持つ二人の音楽家が始めて出会ったこの異色プロジェクトが、こうも素晴らしい結果を生んだのは、村井さんの名プロデュースがあったからこそではないかと忖度する。実験的でありながらあざとさがなく、極めて上質でこなれたこの演奏は、ジャズ、そしてそれを取り巻く音楽を幅広く知り尽くした村井プロデューサーの手腕がみごとツボに嵌ったからこその名演ではないかと思うのだ。

ともあれ、リリースされたなら、「ある種のイメージ」を良いほうに見事ひっくり返してくれるこの素晴らしい演奏を、ぜひお聴きになってみていただきたい。その出来のほどは、長年ジャズを聴いてきた私が間違いの無い傑作と保証いたします!