5月21日(土)

長くジャズを聴いて来た人間には、好き嫌いを超えた共通の感覚がある。それを便宜的に「ジャズ耳」と呼んで本まで書いたのだが、今回の阿部ちゃんのスタンレイ・タレンタイン特集は、改めて「ジャズ耳」の実在を実感させられた。

ところで、タレンタインの一般的イメージは必ずしも芳しくないようだ。同じテナーでも、「コルトレーン聴いています」といえば、なんとなく箔が付くが、タレンタインだと、「ゆるいファン」と思われかねない。まあ、人の思惑でジャズを聴いていいるわけではないのでそれでいっこうに構わないのだけど、一応、ジャズとジャズファンを繋ぐ立場の人間として、「誤解」を解いておきたいという思いもある。

1970年代辺りから後のタレンタインは、確かに若干「ゆるい」ところがある。しかし今回阿部ちゃんが特に的を絞った1960年から63年辺りにかけての演奏は、ほんとうに素晴らしい。テクニック抜群、音色もピカ一、そして何よりも表現力に優れている。

これほどのミュージシャンの評価がいまひとつなのは、日本におけるいわゆる「ジャズマン・ヒエラルキー」が確立された1960年代から70年代初頭にかけては、まさに今回の講演の目玉となったブルーノート盤がほとんど日本では入手不可能だったことが大きいのではないか。

さらに、1980年代以降、当時の東芝EMIから今回紹介された優れものが市場に出回り出した頃の彼の新録新譜が、前述のようにさほど輝かしいものではなかったので、改めて過去のアルバムに触手が動きにくいという悪条件が重なった。

かく言う私自身、ジャズ喫茶という職業柄、買うことは買ったタレンタイン60年代盤の魅力に開眼したのはほんとうに最近のことなのだから、他人のことをエラそうに言えそうも無い。

ところで「ジャズ耳」の話に戻るが、耳の良さで定評のある阿部ちゃんのことだからツボは外さないとわかっていたが、私の事前の予想とどこまで一致するかが今回の講演の興味の対象だった。

まあ、それがほとんど当たって、冒頭の『ルック・アウト』(Blue Note)《ルック・アウト》に始まり、最後のアルバム『ザッツ・ホエアー・イッツ・アット』(Blue Note)《スマイル・ステイシー》まで、ほとんどが私の愛聴盤だ。中でも『アップ・アット・ミントンズ第2集』(Blue Note)の《ラヴ・フォー・セール》など、これを聴けば誰しもがタレンタインに対する評価を2ランクぐらい上げざるを得ない名演だ。

ジャズの新録新譜に誰しもが納得する名盤が少ない折、こうした過去の名演を発掘する作業が今後より一層重要になるだろう。共に阿部ちゃんが特集を組んでくれたジェームス・スポルディングしかり、スタンレイ・タレンタインしかりなのだ。