5月28日(土)
中山康樹さんの好企画「ジャズ・ヒップホップ学習会」も4回目を迎え、今回のゲストは原雅明さん。正直、ジャズファンの間では原さんのお名前はさほど知られていない。かく言う私自身、雑誌等でお名前を散見した記憶こそあれ、その記事内容と名前が正確に一致したのはごく最近のこと。
というのも、近日中に刊行予定の河出ムック『マイルス・デイヴィス』に掲載される中山、村井、後藤の座談会に原さんも参加されると聞き、あわてて原さんのご著書『音楽から解き放たれるために』(フィルムアート社)を読み始めたのだが、これが面白いのだ。当初こそ半ば義務感で取り掛かったのだが、ページを繰るたびにその新鮮な内容に引き込まれる。
私の知らないヒップホップ周辺の事情は大いに勉強になるし、また、意外と言ってはたいへん失礼なのだが、ジャズがらみの記述が実に素晴らしいのである。「視点」があるのだ。わが身にも降りかかることを承知で言えば、ジャズ関係者にはオタク的細部に対するこだわりは異様なほど強くとも、例えばジャズ史を俯瞰的に再点検するなどということは思いもつかない方々が多いのである。
これは決してよいしょではなく、中山さんのヒップホップ論にしろ村井さんのカリブ音楽論にしろ、明確な視点を持って音楽を語ろうとする姿勢が批評家として素晴らしいのだ。そして、音楽に対して同じスタンスを共有する原さんに大いに共感を持ったというわけなのである。
講演自体は原さんが選んだ主にアナログ盤を聴きつつ、ジャズとヒップホップの接点について原さんと中山さんが意見を交換する形で進んだ。実を言うと、レコードをかける係りを仰せつかったため、レコード室に入っている間はお二方の会話がよく聞き取れず、論点を聞き逃した部分もあるのだが、今回もいっきさんがおいでくださったので、この方のブログも参考にしていただけると幸いだ。
音楽自体はもちろんちゃんと聴けるので、こちらの感想を言うと、「餅は餅屋」と言おうか、実に気持ちよい音ばかりが選ばれている。ヒップホップに詳しくないのでうまく説明することは出来ないが、ともかく「私好み」の演奏比率は4回の学習会中一番だった。
具体的に言えば、ベストはJ Rocc - Play This Too、続いてPublic Enemy - Rightstarter (Message To Black Man), Jungle Brothers - Blahbludifyあたりがお気に入り。他にもGang Starr - DJ Premier In Deep In Deep Concentrationも悪くない。
お二方の論点をメモ的に列挙すれば、今回のサブタイトルでもある「ジャズが失ったもの、ヒップホップが発見したもの」のうち、「ジャズが失ったもの」は黒人性と批評性であるという中山さんの主張は、まったく同感。
また、原さんの、Public Enemyのリズムのある種の「ドタバタ感」とオーネットのダブルドラムの類似性の指摘は、なるほどと思わせた。そして、中山さんの「ジャズは負けた」これは言わば『オン・ザ・コーナー』であり、下手なジャズよりはるかにジャズ的であるという刺激的な発言も、大いにわかる。
もちろんお二方の意見のすべてに納得というわけではないのだが、それは私自身のジャズ以外の音楽に対する無知が原因であるので、これはやむを得ない。もう少しいろいろな音源を聴き込むしかないだろう。
それはさておき、お二方の意見の微妙な食い違いで興味深かったのは、ヒップホップとラップの関係や、特にラップに対する評価である。中山さんの、長く聴いているとラップは飽きるという発言は、どちらかというと私も同感であったのだが、それ対して原さんが参考音源として示したMos Def - The Universal Magnetic は、ラップでも楽しめた。その理由は私はリズムにあると思ったのだが、中山さんいわく、これはヴォーカルに近いという意見もその通りなのである。どちらにしろ、このあたりの議論は、系統立てて周辺音楽を聴いていない私には是非を判断する資格はない。
最後の質疑応答では、タイトルをひっくり返し、ヒップホップが失ったものもあり、また、ジャズが得たものもあるのではないかという疑問が出されたが、これは今回の講演全体にからむ論点で、そう簡単には結論が出ないように思われた。また、いっきさんからの80年代のブルックリン派の重要性に対する指摘も、この問題を考える上で大事なことのように思えた。
議論の総括としてははなはだアイマイで申し訳ないのだが、すべては勉強中のこととしてお見逃し願いたい。しかし打ち上げは大いに盛り上がり、原さん、そしてこのところお近づきとなったなぎらさんらと、60年代ディスコの話やイエロー、そして新宿のレゲエバーの思い出話に花が咲いた。そして原さんには単独の講演をお願いしたので、夏以降にでも面白い音源、お話に接することが出来るだろう。実に楽しみである。