【グアコ】×【グールド】

相変わらず小学館の『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』の締め切りに追われ、『連続講演』の報告が遅れまくっています。というわけで、今回まとめて2回分のご報告をいたします。


10月29日(土曜日)

「グアコ」まったく知らない名前だ。しかし信頼するラテン仲間、岡本さんご推薦のグループなら悪いわけは無いとばかり、なんの事前知識も無く講演会をお願いしたのだが、これは大正解。実に魅力的なグループだった。石橋純さんの解説も大学の先生らしく実にていねい、かつ解りやすい。

当日の詳細なレジュメが参加者に配布されており、「グアコ」なるベネズエラのラテン・バンドの来歴が一目でわかる。それをそのまま写すのも気が引けるので、もっぱら個人的感想を書き連ねてみよう。

まずもってこのバンドは私のお気に入りのタイプ。このところ、すでにかなりのラテン・バンドを講演会、ライヴで聴いており、専門的批評は出来ずとも、個人的な「好み」がどのあたりにあるのかは見当が付くようになった。

まずはスペイン系とポルトガル系音楽のテイストの違い。当初はどちらかというとキューバプエルトリコなどの明るくリズミカルなカリブ海サウンドが好みだったが、小学館の『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』の仕事で『ボサ・ノヴァ特集』を監修する必要から、ボサ・ノヴァを固め打ちで聴くうち、ポルトガル語の響きの魅力にも開眼。

とりわけ、先日カエターノ・ヴォローゾの来日公演を聴き、ブラジル音楽の素晴らしさが実感としてわかるようになった。いささか手前味噌ですが、私が監修した『ボサ・ノヴァ特集』はシリーズ中でもトップ・ランクの売上を記録いたしました。

そして今回のベネズエラ・チームだが、私の耳にはラテン的軽快さと黒っぽさの配合具合が実にいい塩梅に聴こえたのだ。専門的にはどうなのかわからないけれど、カリブ海的リズムの切れの良さに微妙なブラックネスが混ざり合うあたりが、切れ一辺倒のキューバ音楽などとの違いのように聴こえた。これがいいのだ

講演終了後、岡本さんが「後藤さんが気に入ると思っていた」と言っていたが、まさにドンピシャ。しかし、どうしてわかるの? また、「講演終了後のひとことコメントが楽しみだったのに」と言われてしまったけれど、石橋さんとは他のイヴェントでお顔は存じ上げていたが、「いーぐる」での講演依頼は初めてだったので、ちょっと遠慮しちゃったというのが実態。

で、この場を借りて改めてコメントさせていただければ、とにかく「素敵な講演」のひとことに尽きる。具体的には、まずグアコの来歴や特徴を具体的な音源で判りやすく解説してくれたこと。そして、ことばの端々から「ああ、このヒト、ほんとうに音楽好きだなあ」という感触が切々と伝わって来たことだろう。まさにラテン・チームの音楽愛の強さを実感させられた講演でした。

また、石橋さんからは、知らないバンドのチケットを既に購入していることを驚かれたりもしたけれど、過去の経験から、岡本さんはじめ私の周りのラテン好きが「これはいいよ」というものに、間違いは無いのだ。13日の公演が楽しみ。


11月5日(土曜日)

既に6回目を迎えた林田直樹さんによる「横断的クラシック講座」、今回のテーマはジャズファンにも人気のグレン・グールド。タイトルも『いま一度グレン・グールドを問い直す』という意欲的なもの。「ジャズファンにも人気の」と書いたがこれは私の実感でもあり、ジャズ喫茶を始めたばかりのころ、店に出入りするコアなジャズファンから「グールドいいよ」と奨められて彼のLPを購入。たちまちファンになってしまった。

以来現在に至るまで、おそらくジャズ以外で一番累積聴取時間が長いのがグールドのアルバムだろう。とりわけバッハの鍵盤楽曲が好みで、大半の作品は持っている。という個人的理由もあって、大いに楽しみにしていたのだが、その期待以上の収穫が有った。

収穫の第一は「なぜグールドはジャズファンに好まれるのか?」という、私自身の好みの理由がより深いところで解ったこと。一般的には、グールドのバッハ演奏は一昔前のワンダ・ランドフスカなどに比べ、クールでリズムの切れがいいところがジャズファン好みの理由だろうとされている。それはそれで間違いは無いのだけど、林田さんはより本質的なヒントを与えてくれたのだ。

それは、一般にクラシック演奏家は「完成形」を求めるが、グールドの演奏は「過程を示している」というもの。多くの演奏家が作品の「答え」としての演奏を目指すのに対し、グールドは作品に「質問」するような演奏を提示しているという卓見だ。別の言い方をすれば、既成の作品に、有り得べきあらゆる角度から光を当ててみる姿勢とも言えるだろう。これってまさにジャズマンのやってることじゃないですか。

つまりリズムとかクールネスといった表面的な表現の奥に、グールドのクラシック音楽に対する基本的姿勢があり、それがまさに「ジャズ的」なのですね。この林田さんの明解な説明で積年の謎が氷解した。

収穫の第2は、テーマどおり、グールドは素晴らしいけれど彼を神格化することなく、彼の音楽の本質を聴き取ろうということが実感として理解できたところだろう。たとえば彼のバッハは圧倒的だけれどそれがバッハのすべてではなく、彼が観たバッハであるというところをしっかりと押さえようというところ。

実際、今回聴かせていただいたフリードリヒ・グルダ平均律第1集はグールドと甲乙付け難い名演。ありがたくも今回林田さんからそのCDをいただいたので、これからジックリ腰を据え、グルダ版とグールド版を比較試聴し、二人の「違い」を把握しようと思っている。おそらくそのヒントは、演奏における感情表現のありようにあるような気がしている。

そう言えば林田さんはグールドの感情表現の本質は、一種のシャイネスにあると看破されていたけれど、これもまた見事な卓見だ。まったくもって同感です。

というわけで打ち上げも大いに盛り上がり、今後の講演予定も盛りだくさん。エア・チェック特集やらトスカニーニミケランジェリ、「神様」etc.とアイデアは尽きません。とりあえず林田さんの「横断的クラシック講座・第7回」は、来年2月辺りになる予定です。ご期待ください!