10月18日(土)

北中正和さんのお名前はもちろんずいぶん昔から存じ上げてていたけど、まさか「いーぐる」で講演をお願いできるとは思わなかった。きっかけは、このところよく顔を出すようになった渋谷の知る人ぞ知る隠れ家音楽スポット、Li-Poでの打ち上げの席で親しくお話しさせていただいたことから始まる。私は、とにかく北中さんが最近関心のあるテーマでなにかお話してくださいとお願いしたところ、今日の「ワールド・ミュージックのゆくえ」となったわけだ。

大成功です。私が内心望んでいたことがすべてかなった。つまり、個人的におおいに関心があるのだけど、あまりにも中身が膨大で全体像が掴みがたいワールド・ミュージックの現在について、極めて的確なガイドが示されたのだ。

まず冒頭、youtube でモリ・カンテやジプシー・キングスなど、1980年代後半から起こった、いわゆる「ワールド・ミュージック」の概観を極めてわかりやすく解説。これが素晴らしい。まあ、ユッスーやヌスラットなど、個人的に好きで、かつてライヴなども観たミュージシャンが出てきたこともあるけれど、それを抜きにしても、あの、極めて「とらえどころの無い」「ワールド・ミュージック」の「来歴」が、実にコンパクトに概説されたのだった。やはり「ほんとうに知っている人」の説明はわかりやすいのだ。

そして後半、「現在」の音源が要領よく紹介されたが、これもまた素晴らしい。と言うのも、ハッキリ言って門外漢のジャズ喫茶オヤジが聴いても、「ウン、なるほど」と思えるサウンドが次から次へと飛び出し、トイレに立つ間も無いほど。とは言え、やはり自分好みの音もかなり明確にあって、以前からわかってはいたけれど今回再確認した次第。

映像も含め、アトランダムに挙げてみると、まずKasai All Stars が圧巻。まだ行ったことは無いけれど、「アフリカの音楽」という感じが見事に伝わってくる。しかしそれは単に「素朴」ということではなく、ちゃんと技術と表現が的確に融合した「魅力的な音楽」なのだ。

次いでMoussa Hemaとブルキナ・ファソバラフォン(木琴の一種)奏者グループ、Kaba-Ko。Kaba-Koは昨年初来日し、私は青山CAYで観ている。そのときも素晴らしかったが、今回いろいろな音源の中に置いても、やはり光っていた。追記すれば、彼らの招聘にはフランス在住サックス奏者、仲野麻紀さんの一方ならぬ尽力があり、その圧倒的パワーにはおおいに感心したものだった。そしてもちろん、Ky(キィ)というバンドを組む麻紀さんのサックスも、心に沁みる素敵な演奏。あの夜の良い感じを思い出してしまった。

ちなみに仲野さんは、11月から「生きるという営み」と題されたツアーを全国で行う。詳しくは彼女のブログを見てください。タイトルは「仲野麻紀のカイエdu俳句」という一風変わったもの。けっこう面白いことが書いてあって、偶然だが私も行ったことがある岡本太郎記念館メタセコイアの話など、フーンと思ったものだ。

そしてフェラ-クティの息子、Seun Kuty + Egypt80が面白い。なんでも、今話題のロバート・グラスパーがプロデュースとのこと。しかし基本的にオーセンティックな音楽。ここまでがアフリカ編で次が南米。

コロンビアとイギリスの組み合わせ、Quantic。北中さんによると異なった地域、分野の組み合わせが最近の一つの傾向だそうだが、なるほどかつてのワールド・ミュージックとは一味違う。次いでジルベルト・ジルの歌声はやはり素晴らしい。ウルグアイのHugo Fattruso y Ray Tambor は、実に複雑なリズムをバックにしたピアノが心地よく響く。

とこうして並べてみると、どうやら私の好みは昔から好きだったアフリカが中心で、次いで近頃岡本さんや伊藤さん、そして来月アフリカものの講演をお願いする荻原さんらによって教えられた南米系のサウンドのようだ。

私の好みはさておき、今回の講演は実にわかりやすい。それは事前に北中さんが的確に「聴き所ポイント」を指摘してくれたから。まず、音楽の作り手の意識のバロメーターとして「欧米向け」か「ローカル」なものか。また、音楽分野として「ポップ」なものか「民族音楽的」あるいは「古典音楽的」なものか。といった極めて明確なガイドラインがあったので、一見混沌・雑多な印象もある音源それぞれの、とりあえずの「区分」が僕のような門外漢にもそれなりに可能になるのだ。これはやはり凄いことだと思う。

また、前述したように最近の傾向として、「折衷スタイル」というのか、違う地域、違う分野の出会いや、それにプラスされたD.J.やらリミックスの効果がきちんと説明されていたので、極めて多彩な音源も「ある傾向」あるいは「ある方向」に向かっていることが、私なりに実感された。冒頭の「大成功」とはそういう意味である。

当然、これからも講演をお願いすることになり、大いに楽しみ。ちなみにアフターの雑談で北中さんが小泉文夫の弟子筋に当たると聞いて、なるほどと思った。不肖私も小泉さんの書物で目からウロコ体験がずいぶんあった。私の音楽観に小泉さんは少なからぬ影響を与えていると思う。