11月21日(土)
林田直樹さんによる「いーぐる」初のクラシック講演「ジャンル横断的クラシック講座(1)」〜《編曲で作品は何倍も面白くなる〜バッハを中心に》、ちょっとショックを受けた。いまさらながら「クラシック」という音楽ジャンルの凄みを実感させられたのだ。もちろん林田さんの狙いというか、私自身も想像していた「編曲」という行為をキーワードとしてジャズとの関連を探るという、講演本来の目的も十分に果たされたのだけど、個人的にはその手前というのだろうか、ヨーロッパ文化の底知れない力を思い知らされたのである。
クラシック恐るべし。具体的には、人間の感受性の秩序をとことん追及し精密に測定し、研究し、それらを貪欲に積み重ねた上で、ようやく現代人が「オリジナリティ」とか称するものが発現される、システマチックかつ重厚な歴史的システムの凄みである。そう、バッハやモーツアルトの時代には、現代のような「著作権」であるとか、「作家性(署名性)」などという小賢しいものより、もっと重要視されていたものがあったんですねえ。
ショックが大きかったのでまだちゃんとしたことばに出来ないが、とりあえず思いつくままメモ的に。
ヴァイオリンというクラシック“主要兵器”が、人間の感受性に与える破壊力の凄まじさ。もちろんそれは演奏者の技量であり、作曲家の才能であり、そして今回のテーマに即すれば「編曲行為」の効果も相乗されているのだが、結果として現れるクラシック・ヴァイオリンの「情動喚起力」のパワーに圧倒されたのだ(ちなみに、クラシック初心の私には、前記「演奏家」「作曲家」「編曲行為」の「効果のバランス」というか「相互作用」の機微まではよくわからなかった。これは今後の課題。)。
それは、個人的にも良く聴くヴィヴァルディの「調和の霊感」(僕らの時代は「調和の幻想」と訳されていたような・・・)であるとか、初めて聴く演奏家、五嶋みどりによるバッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタの異様な存在感の確かさであるとかに端的に現れていた。
いうまでもなくその「力」はクラシックという音楽文化の中で育まれたものなのだろうから、なにも楽器はヴァイオリンに限らず、チェンバロだろうが教会オルガンだろうが、「音そのものの力」を圧倒的に感じさせるのだ。
そう言えば、オルガン曲とそのオーケストラ編曲との聴き比べの際、林田さんによって「音の形」という極めて的確な形容が成されたのだが、これはジャズではあまり考えなかった概念だなあなどと思う。これもまた今後の課題。
その「クラシックという音楽文化」の中身は私の見るところ、けっこう即物的というかリアルというか、要するに人間の感受性をいかに効果的にコントロールするかという実践技法がまずもって基本にあるように思う。具体的には宗教的メッセージであるとか、あるいは心理的に「崇高感」を喚起させる音響の組み合わせであるとか、またはその対照とも言うべき「心地良さの感覚」であるとか、多様な人間の気分・心境を「音響によって」極めて効果的に喚起させるシステムに思えるのだ。もちろんこれを「芸術」と言っても一向に差し支えないだろう。しかし、それを具現化しているのは、作家個人の「天才性」とか「霊感」もさることながら、歴史的に涵養された感受性の秩序への深くかつ実践的な考察があるのだと思う。そこのところが極めて強力なのだ。まさにクラシック恐るべし。
率直に言って、こうした「発見」があったからと言って、たとえば、ジャッキー・マクリーンやスタンレイ・タレンタインの魅力・聴き所に変化があるということはまったく無いだろう。しかしたとえば、マリア・シュナイダーやらギル・エヴァンス、あるいはある種の「ECM的作品」の評価・聴き所といったものは、何らかの「見直し」作業が期待されるのでは無いだろうか。
まあ、一音楽ファンとしては率直にクラシック音楽を楽しもうという動機が第一なのだけど、どうしても職業柄、クラシック音楽に接して得た知見を現代ジャズ・シーンの解読に繋げようなどという「よこしま」な発想が頭をもたげてくる。
とにかく「ショック」が大きかったので、まだ考えがまとまっていないのだが、いろいろヒントがありすぎる嬉しさ。そして、一知半解を承知で言えば、とにかく多様な音楽ジャンルに触れることによって得られる「発見」は底知れない。というか、現代の音楽状況においては、たとえば「ジャズしか聴かない」ような「蛸壺状況」では、見えてくるものも極めて限定されざるを得ないということだけは言い切っていいように思った。
ともあれ、林田さんによるクラシック講演、定例化され次回2回目は来年1月30日(土曜日)と決まっており、テーマはより現代ジャズに関係の深い「響き」を採りあげるという。これはジャズファン必聴というか、現代ジャズシーンに何事かを発言しようという向きには「基礎教養」として要求されるテーマでもあるだろう。今から次回が楽しみだ。