6月4日(土曜日)
瀬川昌久さんと小針俊郎さんによる今回の『ミュージカル特集』、お二方ともアメリカの音楽シーン全般を視野に捉えたジャズ評論家だけに、個人的収穫を含めたいへん素晴らしい講演だった。何より映像が語りかけてくれるものは非常に大きい。ルイ・アームストロングとビリー・ホリディの共演シーンなど、見ているだけでジャズファンの心は踊る。
ジャズ界最長老にして戦後間もない時期にお仕事で渡米し、あのチャーリー・パーカーのライヴをご覧になった唯一のジャズ評論家である瀬川さんの存在感は、このところいや増しである。ジャズシーンはもとより、ハリウッド映画などアメリカ文化全般に対する造詣の深さはなにものにも換えがたい。
それは決して「過去」の話ではなく、今注目の挟間美帆にいち早く注目し、日本のファンに紹介する労をとられたのも瀬川さんなのだ。また、先ごろ三島賞を受賞し、その記者会見が話題となった蓮見重彦氏が、受賞作「伯爵夫人」を書こうとした動機のひとつに瀬川さんのジャズ体験があったというエピソードなど、まさに瀬川さんは「時の人」なのである。
瀬川さんの近著『瀬川昌久自選著作集』(河出書房新社)に収録された、蓮見氏との実に興味深い映画対談を読めば、瀬川さんの映画に対する愛の深さがわかろうというもの。もっともそれは、対談相手が映画評論界で圧倒的影響力を行使した蓮見氏だったからという面も少なからずある。対談はの面白さは、相手の「引き出しの多さ」が勝負を決める。
そして今回聞き手役を務められる小針さんもまた、「黒人モダン・ジャズマン」に偏りがちな日本ジャズ評論界で唯一、アメリカン・ポピュラー・ミュージック全般に対する幅広い知見に基いた公平な評論を展開されており、まさに映画における蓮見氏に匹敵する適役。
まずは簡略ながら、当日紹介された映像作品タイトルと主な登場ミュージシャン等を挙げておこう。
1,『ニューオルリンズ』1947年
ビリー・ホリディ、ルイ・アームストロング、ウディ・ハーマン、ミード・ルクス・ルイス
2, 『ブルースの誕生』1941年
ビング・クロスビー、メリー・マーティン、ジャク・ティガーディン
4,『ヒット・パレード』
ダニー・ケイ、ヴァージニア・メイヨ、ベニー・グッドマン、ルイ・アームストロング、トミー・ドーシー、ライオネル・ハンプトン、メル・パウエル
5, 『聖林ホテル』
ベニー・グッドマン
6, 『踊るニュウヨーク』
フレッド・アステア
7, 『セカンド・コーラス』
アーティ・ショウ
8, 『銀嶺セレナーデ』
グレン・ミラー
9. 『オーケストラの妻たち』
10, 『姉妹と水平』
このリストを見れば講演の深さがわかろうというもので、小針さんが聞き手となって、瀬川さんの貴重なアメリカ滞在体験に裏付けられた、ミュージカルを中心としたジャズ談義はユーモアを交え和やかに進む。そしてお二人の会話の端々にうかがえる深い音楽への愛情が聞き手を和ませる。ジャズという音楽が、その背後に広大なアメリカン・ポピュラー・ミュージックの歴史を背負っていることが、さまざまな映像を通して実感的に伝わってくるのだ。
個人的に面白かったのは、なんと言ってもフレッド・アステアのダンス・シーン。異常なほどの長回しノーカットで踊りまくるアステアの技術は、とてつもないものだ。ハリウッドの、そしてアメリカ文化の底力はこのワンシーンに集約されていると言っても過言ではないだろう。また、認識を新たにしたのはグレン・ミラー。私を含め、モダンファンは彼のことを無視しているフシがあるけれど、画面で見る彼らの存在感はやはり途轍もない。
今回身にしみたのは、自分では意識しなかった黒人ジャズ優先、モダン中心的なジャズ観の微妙な偏りである。余談ながら、クラブ系音楽、ヒップホップ、ラテン、ワールド・ミュージックなど、ジャズが影響を受けている隣接ジャンルへの「偏見」をなくすべく、それこそクラシック音楽まで含めて『いーぐる連続講演』はいわば「横方向」へのウィングを広げてきた自負はあるけれど、肝心の「ジャズ自体」に対する「自覚せざる偏見」に今回気付かされたのは、実に大きな収穫だった。ジャズは当然「縦方向」へも深いのだった。
瀬川さんの体験に基づいた貴重な連続講演、次回はあまり語られることのないスタン・ケントンにスポットを当てた好企画が予定されています。乞ご期待!