「青ひげ公ことジル・ド・レとユディト、あるいはジャズとクラシックの危険な関係

 

 上原ひろみや挟間美帆ら現代日本を代表するジャズ・ミュージシャンがストリングス・カルテットと共演し、ジャズの表現領域を広げているのを見、ジャズ喫茶オヤジとて一応クラシック音楽も聴いてみようと、話題の「The MET Orchestra」をサントリー・ホールに観に行きました。

 

 出し物は演奏会形式のオペラ「青ひげ公の城」。まあ、音に聞くメトロポリタン歌劇場管弦楽団だけに、出てきた音のコク、艶、圧倒的ダイナミックレンジの大きさには圧倒されましたね。その大音量にメゾソプラノ、バスバリトンのお二方がまったく負けてないのにびっくり!オペラ歌手の声量、恐るべし。クラシック評論家ではないので音楽内容については「凄かった・驚愕」とだけとりあえずご報告しておき、これはジャズ・ファンじゃなきゃ気が付かない「妄想」あるいは「実感」をひとつだけ。

 

 クラシックのオーケストラはヴァイオリンなどの音程を合わせるため、開演前にチューニングすることはみなさんご存じかと思いますが、METのそれは異常に長く、しかも人数が多い。えんえん金管やらコントラバスやらが「騒音」に近い試演を繰り広げるのですが、私なぞが聴くと妙に「音楽的」なのですね。もちろん勝手に自分のパートを練習しているので、当然「合わせて」いるわけじゃないのは素人の私のもわかるのですが、これがけっこう心地良いのです。

 その「心地良さ」の理由を探るうち、「そう言えば」と膝を打ったのです。大昔オーネット・コールマンが来日し「アメリカの空」をオーケストラと共演したのですが、その時の「気分」に近いものがあるんですよ、彼らの「練習」には。

 

 そうだ、音楽そのものではなく、ストーリーについては門外漢の私が「感想」を述べてもバチは当たらないでしょう。ジル・ド・レはあのジャンヌ・ダルクと共に戦った名司令官なんですが、結婚相手の名がユディットというんで、てっきり私生活では悪名高いド・レの首を伝説の猛女、ユディットが切っちゃうのかとドキドキしながら観ていたんですが、意外のハッピー・エンド。ぜんぜん事前に想像した「危険な関係」じゃないんです。

 

 なんてことを思いながらわが店「いーぐる」に戻ってみたら、なんと今観て来たばかりのMET楽団員が3人も店で寛いでいる。イングリッシュ・ホーン、オーボエヴィオラの男女お三方。「明日は台湾だ」などと言いつつ「店の外観を撮影していいか?」 と聞くので、不思議に思うと、イングリッシュ・ホーン奏者氏はyou tube に凝っているというのですね。

 ジャズ喫茶オヤジがMETを観、今観たばかりのMET楽団員が終演後ただちにジャズ喫茶に訪れるなんて、まさにジル・ド・レとユディット以上にジャズとクラシックは「危険な関係」なのかも(笑)。