3月14日(土)
佐藤大介さんの韓国ジャズ特集、2回目を迎えるとだいぶあちらの様子がわかってきた。日本もかつてはそうだったが、ふつうの音楽ファンにジャズが根付くには、それなりの時間がかかる。私たちは忘れているが、韓国は少し前までは軍事政権で「夜間外出禁止令」などというものが存在した国なのだ。どうしたってジャズのような“文化”が世間に浸透する条件は、日本より不利だった。
そうしたことを勘案してみると、お客様が書き残していったメモ「韓国ジャズは、1980年代という感じがするのは何故でしょうか?」という感想も頷ける。
まず、韓国の伝統音楽紹介ということでかけた「アリラン」。いまではほとんど聴かないが、私たちの世代はけっこう巷でこの曲が流れていたことを覚えているはずだ。そしてこの曲のバリエーションとして紹介された「珍道アリラン」。これこそ韓国音楽の特徴を現していると思った。「声の力」である。そしてそれがジャズに反映されたのがマルロなのだ。ただ、個人的感想だが、彼女は英語で歌うより、韓国語の方が母国語だからこそ表現できる「声の力」を発揮できるのではないかと思った。
そして「声の力」の別の方向の現れとして、やはりカン・テファンは凄かった。循環呼吸法とハーモニックス奏法をミックスしたような独特のアルトサウンドからは、陳腐なたとえだが“東洋の神秘”が感じられる。
他方、ピアノトリオは、韓国ジャズの問題点が浮き彫りになった。大介さんも韓国滞在で経験したそうだが、彼らは異様にせっかちらしい。それがジャズのような“タメ”を必要とする音楽ではマイナスに作用し、特にベースが音楽の根っこを支える役目を果たさず、ピアノと一緒に疾走してしまうので、いわゆるグルーヴ感がまったく表現されないのだ。
しかしこれは私がジャズを聴き始めた60年代の日本人ジャズでもあったことで、とにかくかつての日本ジャズはリズムが頭打ち。それこそ全部「エンヤトット乗り」になっちゃう。だからおそらく時間の問題なのだろう。
それにしても、大介さんの講演技術は素晴らしく上達した。解説がわかりやすく、具体的なのだ。やはり本職の共同通信記者としての実力がジャズ解説にも反映しているんだろう。
打ち上げはいつもと趣向を変え、新大久保コリアンタウンの「子豚村」という“豚肉界のドン”が経営する焼き肉屋に繰り込む。定評のある店らしく狭いながら満員。そしてその豚肉も噂どおりの味。3種類の黒豆マッコリを飲み比べつつ鯨飲馬食したが、翌日も気分爽快。意外と韓国料理はヘルシーだった。