8月26日(木)

発売後2週間ほど、アマゾンのジャズ本部門売上ランキング1位だったので、あるいはと思ってはいたが、まさか発売3週間で重版になるとは思わなかった。この暑いさなか書店まで足を運び、拙著を手に取りお買い上げいただいたみなさま、そして中身の確認もせずアマゾンで注文された方々、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

おそらく書店でこの本を手にとっていただいた方々は、単なるアルバム紹介本ではないということを、なんとなくではあるが感じ取ってくれたのではなかろうか。この本の主旨は私が昔から考えていたことの集大成と言っていいと思う。ジャズ喫茶をやっていたり、カルチャーセンターの講師をしていると、ジャズに関心のあるみなさま方から必ずといっていいほど尋ねられるのが「最初にどんなアルバムを買ったらいいでしょう」という質問なのである。

これに答えるほど難しいことは無い。というのも、自分の薦めたアルバムによってその方がジャズに興味を持ってくれるか、あるいは離れていってしまうかの分かれ道になるかと思うと(それほどおおげさに考えずとも良いのだが)簡単に即答しかねるのである。

つまり、質問された方がジャズに抱いているイメージはおそらく千差万別で、ジャズといえばピアノだと思い込んでいるかもしれないし、あるいはフュージョンをジャズと信じ込んでいる方だっているのだ。そんなことは質問された方の顔に書いてあるわけではないので、こちらからさり気無く探り、仮にピアノ好きなら『ワルツ・フォー・デビー』、フュージョンファンなら「ウエザーリポート」とか、あまり事前のイメージとかけ離れていないものからジャズに入っていただけるよう、それなりに考えるのである。

しかしジャズの歴史も1世紀を越し、また音楽情報も溢れている現在は、「これからジャズを聴いてみよう」という方々のジャズに対するイメージ(それがあるからジャズに関心を抱くのである)、それらの方々の音楽的嗜好も多様化しており、いくら「事前調査」を試みても、正解にたどり着ける保証はない。

やむをえずこちら側がいくつかのサンプルを提示し、それらを聴いていただいた感想から逆に「それならこれかな」という形で、雑誌の性格判断のように「yes or no」で「あなたの性格」を絞り込んでいく方法をとらざるを得ない。

こうした手法をシステマチックに推し進めたのが『一生モノ』なのです。つまり、とりあえずソボクな「聴いた感じ」で18に分けたパターンを聴いていただき、その中から「自分好み」を見つけていただこうというのである。18はまだ多いとも思えるが、目次を見ていただければわかるとおり「ピアノ・ジャズ」「新ピアノ・ジャズ」や「ヴォーカル」「新ヴォーカル」のように、まあ同じものをわかりやすく二つに分けたところもあり、実質的には十いくつかのパターンなので、それほど多いというわけではない。

しかしこの手法は、実を言うと私の処女作『ジャズ・オブ・パラダイス』に通じるところもある。つまり、あの本はジャズファンが好みを決めるに当たって、なるべく多くの作品に触れていただいた「その後で」「自分好み」を決めてほしいという、私の個人的願望が底流としてあった。つまり、たまたま持っているに過ぎない自分の体験だけで好みを決めちゃモッタイナイでしょ、という気持ちがあったのである(それはジャズに対するリスペクトでもある)。

しかしその「準備期間」として、「最低101枚」はちょっとキビしかったかな、という反省はある。手法としては間違っていないと思うけれど、あまりに体育会的だった。私自身体育会所属だったので仕方ないともいえるが、今のご時勢では通用し難い。まず枚数はもう少し絞る必要がある。

もう一つの反省点として、ジャズの多様性をミュージシャンの個性の多様性として捉えるのは、原則として間違いではないが、それはかなりジャズを聴きこんで、それこそブラインドでバリー・ハリスソニー・クラークを聴き分けられるレベルのファンに妥当する話で、初心者にはちょっとハードルが高すぎたかとも思うのだ。

つまりジャズを聴き始めたばかりでは、コルトレーンとモブレイの違いをソロで聴き分けろといっても無理な話で、しかし両者の音楽の「肌触りの違い、表情の違い」は初心者だって充分に「感じとって」いる。そこに目をつけ、ジャズの多様性をミュージシャン別でなく、より「感覚的」な「聴いた感じ」でパターン分けしたのが新工夫といえるだろう。

しかしこの判別はマニアだって無意識のうちにやっており、同じコルトレーンと言ったって『ソウル・トレーン』(Prestige)と『至上の愛』(Impulse)を同じカテゴリーとして捉えているわけではない。その辺りの「感覚の現実」に従った、より実践的なジャズのカテゴライズがこの本の真の目的なのです。

ですから、マニアの方は『ジャズ・オブ・パラダイス』の303枚から500枚に増量した、21世紀の新アルバム紹介本としてご利用いただいてもよし、また、これからジャズを聴いてみようという方にとっては、最小枚数で「好みのジャズ」を見つけ出す実用本として割り切ってご利用いただいてもけっこうで、まさにそれが私の狙いでもあるのです。