dues 新宿 『2018年ベスト盤~ジャズ喫茶から見た新譜』
2月24日(日曜日)に、ディスクユニオンさんのイヴェント・スペース「dues 新宿」にて、『2018年ベスト盤~ジャズ喫茶から見た新譜』というイヴェントをやらせていただきました。これは、長年「いーぐる」にて「NEW ARRAIVALS」という新譜紹介イヴェントをユニバーサルさんと共に開催してくれた、ユニオン羽根さんのご尽力によるものです。当日は熱心なお客様が大勢お越しになり、おかげさまで評判も良かったようです。
今回はその模様をご報告したいと思います。まず私の選んだ2018年ベスト・アルバム10+番外編をご紹介いたします。トップのカマシは動かないものの、順位はさほど厳密なものではありません。当日のイヴェントでは、10位から順に1曲ずつご紹介し、簡単な解説をいたしました。
- 2018 ベスト盤
1, Kamashi Washington / Heaven and Earth / Fists of Fury / 9’ 42”
2, Marcus Strickland / People of the Sun / Timing / 5’ 25”
3, Miho Hazama / Dancer in Nowhere / If Paradiso del Blue / 8’ 51”
4, Sons of Kemet / Your Queen Is a Reptile / My Queen Is Harriet Tubman / 5’ 40”
5, Chick Corea / Trilogy 2 / Pastime Paradise / 8’ 27”
6, Maisha / There Is a Place / KAA / 10’ 23”
7, Nik Bartshe's Ronin / Awase / Modul 34 / 8’ 51”
8, Time Groove / More Than One Thing / Sir Blunt / 3’ 30”
9, Antonio Loureiro / Livre / Caipira / 5’34”
10, Satoko Fujii / Invisible Hand / Hayase / 6’ 09”
発掘 Eric Dolphy / Musical Prophet
復刻 Tohru Aizawa Quartet / Tachibana
- ジャズ喫茶の役割
イヴェントではまず最初に、新譜紹介におけるジャズ喫茶の役割をお話ししました。というのも、ここ数年明らかにジャズ・シーンは活性化しており、新人ミュージシャン、新譜に興味深い人材、アルバムが数多く輩出、登場しているのですが、従来からのジャズ・ファン層にその動きが確実に伝わっているかということになると、若干心もとない気がするからです。
ですから、マイルス、コルトレーン、そしてエヴァンスといった従来からの人気ミュージシャンのファン層がお客様の大半を占めるジャズ喫茶では、そうしたベテラン、ジャズファンにどのように最新ジャズの面白さを伝えるか、つまり、いかに従来からのジャズ喫茶ファンと新しいジャズを繋げるか、ということが問われているわけです。
- 昔ながらのジャズファンがわかりやすい「新しいジャズ」を選ぶ。
こうした状況を考え、私の選択基準は最新ジャズの動向を踏まえつつ、ベテラン層にも届くであろうアルバムを中心にセレクトしたのですが、今年はかなり苦労しました。その理由は紹介したいアルバムが多すぎ、いかに削るか四苦八苦したからです。以下アルバム選択理由と、当日のコメントをわかりやすく補いつつご紹介いたします。
:Satoko Fujii / Invisible Hand
ビッグバンドのリーダーとして知られる藤井総子が珍しくソロ・ピアノを披露したアルバム。部分的にセシル・テイラーを彷彿させる場面もあるが、全体としてはメロディアスで親しみやすく、しかも演奏には一本筋が通っている。こうしたスタイルは従来からのジャズ・ファンも理解しやすいだろう。
:Antonio Loureiro / Livre / Caipira
ブラジリアン・テイストが心地よい。こうした趣向を「ジャズっぽくない」と思われる方は、ジャズの歴史を今一度紐解いてみることをお勧めします。ジャズ発祥の地ニューオルリンズはスペイン、フランスの統治下にあったこともあり、ラテン・ミュージックがごく自然に街中に溢れていたのですね。ですから、原初のジャズにはラテン・ミュージックの影響が色濃かったと言われているのです。
また、ビ・バップ一方の雄、ディジー・ガレスピーがキューバ人ミュージシャンたちと交流したことはよく知られています。そして、ブラジル発の新興音楽だったボサ・ノヴァがスタン・ゲッツによりジャズに取り入れられたことは、どなたもご存知ですよね。また、70年代以降ともなると、ウェイン・ショーター、パット・メセニーらがブラジル音楽にインスパイアーされた作品を世に問い、そして私が昨年同じくdeus 新宿でやらせていただいた「2017ベスト」の1位に挙げたカート・ローゼンウィンケルの名盤『カイピ』は、ブラジル、ミナス地方の音楽の影響を強く受けた傑作なのです。ちなみにアントニオ・ロウレイロはカートのサイドマンとして来日公演してましたね。
:Time Groove / More Than One Thing
近年イスラエル出身ジャズ・ミュージシャンの活躍が伝えられますが、タイム・グルーヴもそうしたグループの一つ。リズムを強調したサウンドが斬新です。こうした動きも大きな眼で眺めれば、ジャズが長年追求して来た「新たなサウンド」の現れの一つなのです。
:Nik Bartshe's Ronin / Awase
ニック・ベルチュのグループ「ローニン」は「浪人」のこと。最近は日本趣味のジャズマンがずいぶんと目に付きますが、彼もその一人。そしてアルバム・タイトルの「アワセ」も、どうやら合気道の用語のようです。演奏は確かに日本的な趣がありますが、それが決して表層的ではないところが素晴らしい。繰り返し現れるリズム・パターンが次第に熱気を帯びて行く様は、まさにジャズの醍醐味です。
ただ、従来のジャズ、たとえば典型的ハードバップの名演、ソニー・クラークの「クール・ストラッティン」やアート・ブレイキーの「モーニン」などは、冒頭にキャッチーなテーマ・メロディが現れ、アドリブ・パートもメンバーそれぞれが順番に登場するなど、展開が読みやすく、こうした演奏に慣れたベテラン・ファンは、この演奏のような「次第に盛り上がって行くタイプ」は、ちょっと苦手なのかな、などとも思います。しかし、音の流れに素直に従って行くことによって、こうした新しいスタイルのジャズの面白さが見えてくるはずです。ちなみにサウンドこそ違え、リズムが聴き所なのはタイム・グルーヴと似ており、こうした傾向は最新ジャズの特徴でもあるのです。
:Maisha / There Is a Place
イスラエルと共に注目されているのがイギリスのジャズ・シーンで、マイシャもそうしたグループの一つ。こちらはエスニックなテイストがポイントですが、シンプルな反復リズムの強調や次第に盛り上がりを見せるところなど、やはり最新ジャズの傾向を踏襲しています。しかし後半に熱気を帯びたサックス・ソロが登場するので、従来からのジャズファンにも受け入れられやすい演奏だと思います。
:Chick Corea / Trilogy 2
今更チックか、と思われるかもしれませんがとにかく演奏がいいのです。60年代後半に共に覇を競うようにして登場したキース・ジャレットが近年衰えを見せているのと対照的に、チックの好調は注目に値します。これなどは誰にでも勧められる新譜の傑作です。
:Sons of Kemet / Your Queen Is a Reptile
こちらもイギリス出身のテナー奏者シャバカ・ハッチングス率いるユニークなグループ。チューバを強調したエスニックなサウンドが多彩なリズムに乗って展開されます。最新ジャズに対するベテラン・ファンの不満の一つに「ソロが聴き分けられない」というのがあるようですが、この演奏などに顕著なように、チューバも含めたリズム隊と一緒になった「サウンド的なソロ」が近年のジャズの特徴でもあるので、その辺りは若干認識を改めていただければ、こうした趣向も楽しめるのではないでしょうか。
:Miho Hazama / Dancer in Nowhere
先日挟間美帆のライヴを観てほんとうに驚きました。途轍もなく演奏のレベルが高いのです。ストリングス・パートを含む変則的楽器編成のビッグ・バンドを、それこそ一糸乱れず音楽に集中させている。メンバー全員の技術的レベルが高いのは言うまでも無いのですが、それが単なる「無機質な巧さ」ではなく、音楽的にこれ以上ないと思われる豊かな境地にまで到達しているのです。この時思いましたね、日本のジャズが文句なしに世界レベルになったと。
今回はベテラン・ファンが取っつきやすいサックス・ソロがフィーチャーされたトラックを選びました。ソロイストも凄ければ、ソロとバンド・サウンドの絡みも絶妙です。まさに近代ビッグ・バンド・ジャズの精華が挟間ミュージックと言っていいでしょう。
:Marcus Strickland / People of the Sun
ベテランジャズ・ファンの最新ジャズに対する不満の最大のものがラップに対する違和感でしょう。私もこの意見はもっともだと思います。何より問題なのは、日本人には何を言っているのか聴き分けられないことが大きい。仮に意味が分かったとしても、問題意識を共有することまでは難しいのですね。これはやむを得ない。
このアルバムもラップが入ったトラックもあるのですが、あえて彼のサックスがフィーチャーされたが曲を選びました。ポイントは、マーカスが「わかりやすいフレーズ」を吹いているところです。とは言え、バックのリズムは明らかに現代的で最新リズムとセットになることで「繰り返しフレーズ」が活き活きとした精彩を放つのです。
:Kamashi Washington / Heaven and Earth
従来からのベテラン、ジャズファンが現代ジャズに対して挙げる不満の最大のポイントは、「ソロが誰なのか聴き分けられない」あるいは「そのミュージシャンの表現しようとしている『世界』がわかりにくい」といったところにあるのでは無いでしょうか。その結果として、「親しみにくい」ということになるのですね。カマシ・ワシントンは、あたかもそういった伝統的ファンの声に応えるかのようにして登場した、現代ジャズを代表するサックス・プレイヤーです。彼はこうした不満を一挙に解決する傑作を発表しました。それが『Heaven and Earth』なのです。
ニック・ベルチュは素晴らしいミュージシャンなのですが、強いて問題点を挙げるとすれば、演奏がだんだん盛り上がるため、パッと聴いて音楽の特徴が掴みにくいのですね。カマシはそうした「問題点」(本当は「問題」とは言えないのですが)を、のっけから聴き手の耳目を惹きつけるキャッチーな楽曲を採りあげることで、見事に解決したのです。
ふつうに考えればちょっと気恥ずかしくならないでもないベタな曲想を、あえて採用するカマシの気合の入り方、腰の据わり方は尋常ではありません。そしてここでも、繰り返される印象的リズムが重要なポイントになっています。
彼の音楽のもう一つの聴き所は、伝統的ジャズファンにも十分アピールする「ブラインド出来るソロ・フレーズ」を意識的に挿入する戦略性の高さです。私たち伝統的ジャズファンが「マクリーン、カッコいい」という時、必ずしもジャッキー・マクリーンの即興レベルの高さに感動しているわけではなく、言ってみれば聴き覚えのある「マクリーン節」に酔っているのですね。
こうしたことは別に「ジャズ精神」に反するわけでは無いのです。ジャズという音楽の最大の特徴は「自己表現」であり、「ブラインド出来る」マクリーン節は、同じく誰にでも聴き分けられるルイ・アームストロングの人間的なトランペットの音色の魅力を受け継ぐ、「ジャズの王道」なのです。そしてカマシはそのことを熟知しているのです。
今回ほんとうに多様な新譜をまとめて聴いたのですが、個人的に印象に残ったのは「リズムの新しさ、面白さ」なのですね。仮にその上に乗っているフレーズやサウンドは聴き覚えがあるものでも、リズムが新しくなるとまったく印象が変わってしまう。こうした現代的リズムを聴き慣れてしまうと、伝統的ジャズの「牧歌的」リズムでは少々物足りなっている自分に気が付き、我ながら唖然としました。まさに「リズムの音楽」である「ジャズの伝統」は、現代に息づいているのです!
最後にドルフィーの発掘盤に触れておくと、彼の前衛的試みを知るにこれは必聴盤と言っていいでしょう。3枚組のうち1枚のみが発掘音源ですが、他の既発音源も音質が著しく向上しており、買い替える価値は十分にあると思います。
興味深いのが復刻されたTohru Aizawa Quartet / Tachibanaで、演奏の熱気の高さは尋常でありません。かつての日本のジャズ・シーンの熱さがヒシヒシと伝わってくる名盤で、こちらも文句なしのお奨め盤です。