3月9日(土)

私たち団塊世代にとって、最初に出会った「エキゾチック」な音楽はタンゴだった。幼児期の記憶に残るタンゴの旋律には、一種の懐かしさを覚える。しかし中学に上がる頃になると洋楽と言えばアメリカンポップス一辺倒になり、タンゴの世界は忘却のかなたに去っていった。ましてや「いまどき」の若いジャズファンにとってタンゴがどういう位置づけなのか、大いに興味があった

だから今回の山本幸洋さんによるジャズファン向けタンゴ特集、いろいろな意味で期待した。その願いは音楽面については100%満たされたのだけど、門外漢の素朴な「タンゴって何?」という疑問は若干残ったままだった。

まず、良いところから。ともかく選曲がすばらしい。ほぼ時代を追ってタンゴの名曲、名演とされるものが網羅的に紹介され、「なるほど、こういう音楽なのか」とホンのわずかではあるけれど、タンゴの魅力が見えてきた。

まったく個人的な感想だが、タンゴの聴き所はキレの良いリズム、バンドネオンやらヴァイオリンなどの醸し出すエキゾチックな響き。そして、日本人好みの若干哀愁を帯びたメロディが、ラテン的というんだろうか、極めて情熱的に演奏される迫力、といったところか。

不満と言うほどのことではないけれど、出来ればこの際だから知っておきたかったタンゴのイロハみたいなこと、たとえば発祥、由来、アルゼンチンの人種構成、文化といったもろもろの説明を、もう少しシロートにもわかるようにていねいにやっていただきたかったという気持ちはあった。これはタンゴについて知識のない平均的ジャズファンの希望でもあったのではないか。

最後にそれらを質問しようかと思ったが、時間が押してしまい、やむを得ず打ち上げの席で山本さんはじめ、年季の入ったタンゴ・ファンのみなさま方に詳しく解説していただき、「そうなのか」とようやく納得。

たとえば、山本さんは事前の告知で「ジャズファンの中には、一定数潜在的にタンゴに興味を持つ層がいるはず」という趣旨のことを書いていたけれど、私の耳には「どのあたりがジャズファンの琴線に触れるのか」いまひとつピンとこなかった。

個人的感想をいえば、ジャズファンが好む「黒さ」がタンゴには欠けている。どちらと言うと白っぽい音楽という印象が強い。そのことも打ち上げの席で、実はアルゼンチンはイタリア系移民が多く、人種構成でいうといわゆる白人の方が多数派だということを教えていただいた。

それで納得、ごく大雑把な印象だけど、中南米、南米音楽の中で、アルゼンチンの音楽だけが妙にヨーロッパ的な要素が強く聴こえるわけだ。で、これも私の印象だけど、ジャズファンの好む「黒さ」を媒介とするならば、ラテン圏の音楽の中ではタンゴはどちらかというとジャズファンの「食い付き」は難しいのではないだろうか。

もちろんこれはタンゴの魅力とは関係の無い話で、たとえ「白く」てもバッハの偉大さ、素晴らしさに変わりはないように「白黒問題」と音楽の魅力は無関係だ。ただ、「好みの傾向」ということはあるのではないか。つまりは私の感じたところでは、タンゴがとりわけジャズファンの関心を惹くタイプの音楽とは思えなかったのである。そのあたり、山本さんはどうお考えなのだろう。

ア、思い出した。そういえば昔、寺島靖国さんが「ジャズを聴く前はタンゴを聴いていた」と言っていたような気がするのだけど、寺島さんのお好みはスタン・ゲッツに代表される白人ジャズだった。コレって、何か関係があるんでしょうかね。

ともあれ、打ち上げの席ででみなさまがたから教えていただいた、タンゴファンにおけるコンチネンタル・タンゴの位置づけ、アコーディオンバンドネオンの違い、その音楽的効果、アルゼンチンという国柄などなど、ハッキリ言って、私にとっての情報量はアフターの方が圧倒的に多かった。これはモッタイナイ。

自戒を込めて言えば、長年ひとつの音楽ジャンルに関わり続けていると、つい、フツーの人の音楽的知識とか音楽観が見えなくなってしまうものだ。改めて「知らない人にどう伝えるか」を考えさせられた。