9月14日(土)

今日で510回を数える『いーぐる連続講演』、内容は講演者にお任せだが、私なりにそれぞれの講演がリンクするよう大枠は考えている。今回の林さんによる「キャブ・キャロウエイ特集」はその狙いが決まった良い講演だった。

順に話すと、今夏4回に渡って杉原さんにお願いした「日本のポピュラー音楽受容史」、これは戦前の淡谷のり子から、石原裕次郎、広田三枝子を経てAKB48に至る日本におけるポピュラー音楽受容の歴史を詳しく解説した優れた講演。このシリーズのキモは、異文化が移入される際に起こる避けがたい誤解と、それが「生産的誤読」を生み出す可能性を実例を上げ詳しく検証したことだ。

杉原講演と、一応ジャズ畑にも分類されうるキャブ・キャロウェイでは、まったく異なる対象のように思えるが、二つの点で共通するところがある。まず、どちらの音楽も大衆の支持、ポピュラリティが重要な要素であること、そして、音楽文化が移入される時のズレの問題である。

ほぼ同世代の林さんと私(杉原さんは数歳下)はいわゆる団塊世代に属し、別にイバるわけではないけれど日本のジャズ受容の主要なターニング・ポイントを体験している。それは1961年のジャズメッセンジャーズ来日に象徴される「60年代ジャズブーム」(それは日本特有のジャズ喫茶ブームでもあった)の中でジャズを受け取った世代で、現在でも「ほぼ通説」とされる「ジャズ史」は、私たちの時代に諸先輩方が苦労して作り上げたものだ。

中でも、油井正一先生の影響力は絶大で、「ほぼ通説」の根幹は「油井ジャズ史観」と言っても過言ではないように思える。その油井史観の重要な論点はビ・バップ中心主義、あるいはジャズの芸術的側面の紹介に力を注いだジャズ理解とも言えるのではなかろうか。チャーリー・パーカーディジー・ガレスピーからクール、ウェスト・コースト、ハードバップと流れるご存知のジャズ史である。

そしてその視点からは、どうしてもキャブ・キャロウェイなどのジャイヴ系と称される一連の芸能的要素の強いミュージシャンの存在が軽く見られがちなのはやむを得ない。しかし、彼はアメリカではそれなりの存在感を持った一流のミュージシャンであり、しかるべき実績も上げている。

今回の林さんの講演はこの日米のズレとその理由を、キャブの楽歴を忠実に辿るという王道路線で極めてわかりやすく解説してくれた。

まず、キャブ成功の最大のポイントは、ユダヤ系辣腕プロデューサーによる実に上手く組み立てられた売出し作戦。キャブの華やかなキャラクターを活かし、「動き」「見た目」を優先した「ライヴ向けバンド」という戦略だ。

確かに映像で観るキャブの指揮は、それこそかつて「踊るバンマス」と呼ばれたスマイリー小原の様(もっともスマイリーの方がキャブを模倣したのだろうが・・・)。確かに音楽性重視、あるいは芸術至上主義的視点から見ればこうした行き方は「邪道」と観られても致し方ないかもしれない。

しかし、本来音楽はもっと多様なものであり、当然芸能的側面だって音楽の重要な構成要素のはずだ。というか、このところ中山康樹さんはじめさまざまな方に講演をお願いしてきたヒップホップなど、こうした音楽を生み出したアメリカの社会背景やラップのメッセージ性といった、音楽的要素以外の部分に対するそれなりの理解がないと全貌は掴みがたい。

つまり、キャブ・キャロウェイの活動を辿ることによって、日本におけるジャズ理解の偏りを修正すると同時に、より幅広くはブラック・ミュージック全体におけるジャズの位置付けを再検討するという、今まさに求められている作業を今回の林さんの講演は着実に行ってくれたのである。

こうした優れた講演があると、次の展開が見えてくる。出来うれば、キャブ・キャロウェイを嚆矢とするアメリカン・ブラック・エンターテインメントの流れを、ジャズとの関係においてわかりやすく解説してくれる講演をぜひ聞いてみたいものだ。