10月26日(土)

まずは自慢から。ワタシ、ジジイになってもまだカンは冴えている。と言っても、半年のタイムラグはあるのですが・・・ 今年3月ごろ、荻窪のベルベット・サンにて好例の「ワニ3匹」シリーズ(村井康司さん、吉田隆一さん、柳樂光隆さんのトリオ・・・実は「ワニ3匹」は実在の人物でワタシの過去の友人)を観に行った際、休憩のフロアで耳にした「ジュゼッピ・ローガン」「ESP」の2語に激しく反応し、初対面の須藤輝さんと名刺交換したことからすべては始まる。

で、その時「良かったらESPレーベルの講演をお願いできませんか?」とお話しはしたものの、何しろ初対面。すぐにメールすることもせず、とりあえずすでに決まっている「いーぐる連続講演」のスケジュールが埋まって行ったのだが、心の片隅に「ESP」のことは残っていて、夏の最中半年振りに依頼のメール。

そうしたら須藤さんは快く引き受けてくれ、吉田隆一さんといっしょにやるとのこと。このこともまさに「ひょうたんから駒」ながら、ねがったりかなったり。というのも、前記の「ワニ・シリーズ」で吉田さんのお話は何度か聞いているが、これが実に素晴らしいのだ。

年配のジャズファンならご記憶かもしれないが、かつて軒口隆策さんという早稲田ジャズ研出身の優れたジャズ評論家が『ジャズライフ』に記事を書いていたころ、編集部が近い関係で『いーぐる』にも来てくれ、ちょっとお話したこともある。

その軒口さんは、まさに「ジャズライフ的」な「ミュージシャン視点」ながら、ワタシのような「聴くだけジャズファン」にも実に良くわかるジャズ評論を書いておられた。その軒口さんを髣髴させる素敵な語り口が吉田さんなのだった。つまり楽器の構造、吹き方、音楽理論を踏まえた上での、しかもシロートにも理解、納得できるまことに優れたジャズ評論を吉田さんはやっておられる。

プロのミュージシャンだからアタリマエ、というのは違うと思う。おおむねミュージシャンはシロートにわかりやすくことばで説明するということに関心は無いようだ(佐藤允彦さんのような優れた例外はあるとしても・・・)。で、わたしはこういうジャズ評論家を求めていたのだ。その吉田さんが参加してくれるというのだから、これは嬉しい(というのも、内心吉田さんにはいつか講演をお願いしたいと思っていたのだ)。

といった長い前置きの「ESP特集」、まさに狙いがドンピシャに決まった素晴らしい講演だった。須藤さんのESPに対する(異常な)熱意、吉田さんのシロートにもわかる楽器奏法の説明によって、アルバート・アイラーのホントウの凄さがわかった快感。これらはイヴェントを主宰するものならではの特別の快楽だ。

ようやくながら本題に入ると、ESPは聞きしに勝る超ヘンタイ・レーベルなのだった。団塊世代の私はもちろん新譜でESPを買っており(『ベルス』の模様入りカラー盤に驚いたものだ)、店でもかけたが、当然その反応は冷たいものだった。まあ、アイラー、オーネットらのアルバムはまだしも、サン・ラーなどは1960年代のジャズ喫茶ではまだまだ理解の埒外だったのだ。

その後ずいぶん経って、世間では「エロ・ジャケ」で名を成したヴィーナス・レコード(レーベル・オーナー原さんは、実はフリージャズ・マニア)がジャズに限って(だったと思う)ESPの一部をCD化し、改めてチャールス・タイラーやらフラン・ロウなどを聴き、やはり良いものと「イロモノ」があるなあなどという大雑把な感触は持ったものの、レーベルの全貌についてはヤミの中(ロウ『ブラック・ビーイング』は名演)。

そのナゾを、須藤さんは懇切ていねいに説明してくれた。このレーベルは本来エスペラント(人口国際語)の普及を目指し、弁護士のバーナード・ストールマンによって設立されたが、ひょんなことから「前衛」の総本山になってしまった経緯はまことに興味津々(それにしても、ジュゼッピ・ローガン、ホームレス話はESPの凄みを象徴しているなあ)。

加えて僕らは「フリージャズ」あるいは「ジャズの10月革命」といった文脈でのみ、このレーベルを捉えがちだが、実はその実態はもっともっとヤバいもので、ストールマンという人が(おそらく)ある面でマジメだったからこそ、1960年代の「アメリカの闇」をていねい、克明に記録してしまったのだ。

それは、ヘタウマではなくヘタヘタなジュゼッピ・ローガンやら、ジャンキー、カルト集団(あの、マンソン!!!)の魑魅魍魎、ホームレスから犯罪者まで総出演の豪華絢爛、百鬼夜行ぶりなのだった。それにしても、近頃の完全クリーニングされた除菌ジャズ、滅菌消毒済み快適BGMの味気なさを思い知らせるESPの強力な「毒」は、団塊オヤジのワタシに「あの時代」の面白さ、ヤバさをいまさらながら思い起こさせる実に痛快な体験でありました。

付け加えれば、エッと思う意外な観客。あのDJ大塚広子さんが現れる。講師のお二方と知り合い? と聞けばそうではないと言う。実は広子さん、ESPを「エサ箱」で漁った体験があるというではないか。なるほど・・・ どうりでワタシのような頑固ジャズオヤジもナットク、かつファンキーな選曲をされるのだなあ・・・ このことも実に嬉しい(広子さん、講演終了後須藤さんのオリジナル・アナログ盤に興味津々の体で須藤さんに話しかけていた)。

当然打ち上げも幅広い音楽談義で盛り上がり、須藤さんにはBYG特集、吉田さんにはドルフィー連続講演をお願いし、痛快な一夜は終わったのだった。