先週末に行われた原田和典さんによる待望の新著『コテコテ・サウンド・マシーン』(スペースネットワーク刊)発売記念講演、良い意味でいろいろと予想を裏切る好イヴェントだった。

 

予想外の第一は、新著の印刷上がり日程がわかったのがイヴェント開催日直前、そのため告知期間はわずか10日ほど。ふつう、こうしたケースでは参加したくても既に他のスケジュールが入っているファンが多く、どうしても集客数が限られてしまうものなのだ。それにもかかわらず来客数の多さに驚かされたのだった。通常20名を超せば盛況のイヴェント来客数に対し、何と36名もおいでいただき、客席は満杯。

 

予想外の第2は客層。新著のタイトル「コテコテ」というキャッチ・フレーズは今から20年以上も昔、1995年に「ジャズ批評」社から刊行された『コテコテ・デラックス~GROOVE,FUNK&SOUl』にちなんでいる。発売当時この本は大いに話題となったものだった。とは言え、この名著を知るファンは今や完全なオジサン世代だ。

 

そうしたいきさつもあり、また私の個人的思い込みかもしれないが「今どき」ディープなブラック・ミュージックを愛好するファンはそうとうマニアックな方々(要するにオジサンたち)ではないかと思い込んでいた。しかし予想に反し、お客様の半数以上が若いお洒落な女性客なのだ。どうやら私などが知らないところで、若い女性音楽ファンがブラック・ミュージックに惹かれているらしい。余談ながら、このところわが「いーぐる」も女性客が目に見えて増えている。

 

そしてイヴェントの内容も良い意味で事前の予想を裏切った。私は「コテコテ」という新著のタイトルから、昔ながらのマニア向け「知れらざるブラック・ミュージック紹介本」かと思いきや、こうした音楽ジャンル自体に対する原田さんの現代的解釈が加わっているのだ。おそらくその背景には原田さん自身が語っていた、ヴォーカルへの関心とフランク・シナトラに象徴される白人ヴォーカルに対する再認識があるようだ。そしてもちろん、現代ジャズにおけるヴォーカル重視、アレンジ重視という現状も影響していると思う。

 

その第一が「聴き比べ」。ジャズでよくやるオリジナル、ポピュラー・シンガー版とジャズ・ヴォーカリストの歌唱の違い同様、意外なポップスがソウル・シンガーたちによって巧みに料理されているケースが実際の音源によって紹介され、ブラック・テイストの実際が的確に伝わってくる。とりわけ私たちの世代には懐かしいヴィッキーの「恋はみずいろ」のブラック・バージョンなど、「え、こんなのがあったの」と驚かされた。そしてシナトラのおよそ「黒くない」歌唱のブラック版も、眼からウロコだった。詳しくは当日の選曲リストをご覧いただきたい。

 

そして、何より興味深く、若い女性ファン層の存在のヒントともなったのが、現代ジャズとブラック・ミュージックの関係だ。よく考えてみれば、今回紹介されたスナーキー・パピーの人気オルガン奏者コリー・ヘンリーのやっていることだって、もちろんルーツはブラック・ミュージックだったのだ。

 

最後にこれを「予想外」と言っては語弊があるかもしれないが、定価2700円とかなり高価な新著が当日飛ぶように売れたことだ。カラーでジャケットが掲載されたていねいな作りの書物なので価格相当であることはわかるが、よほどのマニアでなければ買わないのでは、という当方の予想を見事に裏切ってくれたのは、何より「音」のリアリティだろう。原田さんの的確な解説でブラック・ミュージックの魅力を実感した当日のお客様が、「これは買わなきゃ」と思ったことは間違いない。

 

ともあれ、いろいろな意味で良い方向で事前の予想を覆す素晴らしいイヴェントだった。その「予想外」は現代ジャズの実態に対する理解にも繋がり、そしてまた新たなジャズ・ファン層の出現を知るきっかけともなったのだった。

 

ブラック・ミュージック繋がりということで言えば、今週末のイヴェント『今聴いてほしいブルース/ソウル/ファンクのメッセージ・ソング』も今回の原田新著とどうかかわるのか、大いにに楽しみ!

 

 

 

 

 

【当日の原田さんによる選曲リスト】

 

 

『コテコテ・サウンド・マシーン』 発売イベント at 「いーぐる」

              

 

  1. Bloodest Saxophone feat. Big Jay McNeely 「Hot Special」

2.Gus Poole 「Hallelujah, Alright, Amen!」

  1. Beck 「The New Pollution」
  2. Otis Redding 「(I Can't Get No) Satisfaction」 Apr.10,1966,live in Los Angeles (2nd set) 5. Otis Redding 「(I Can't Get No) Satisfaction」 Apr.9,1966,live in Los Angeles (2nd set) 6. Hoagy Carmichael 「Georgia on My Mind」
  3. Pucho And The Latin Soul Brothers 「Georgia on My Mind」
  4. Vicky Leandros 「L'amour est bleu」(恋はみずいろ)
  5. Rufus Harley「Love Is Blue」(恋はみずいろ)
  6. Frank Sinatra 「It Was A Very Good Year」
  7. Della Reese 「It Was A Very Good Year」

 

<中入り> Sonny Hopson's Radio Show (1969, Philadelphia)

 

  1. Bobby Bryant「A Prayer for Peace」
  2. Marvin Gaye「I Wanna Be Where You Are」(Alternate Version) 14. Build An Ark 「Dawn」
  3. Billy Hawks 「Whip It On Me」
  4. New Jersey Kings「Solid」
  5. Cory Henry「He Has Made Me Glad」
  6. Delvon Lamarr Organ Trio「Move On Up」