11月15日(日曜日) 「渋谷・Tangle探訪記」

 

柳楽光隆さんが渋谷のミュージックバー「Tangle」で若い人たちと一緒にDJをやるというので観に行きました。道玄坂上のビル3階にあるタングルは小ぢんまりとした居心地の良い空間で、お客さんの大半はお洒落な若い人たち。私の前にいるいずれも素敵なウエアを身に纏った男女グループなど、3人の歳を足しても私の歳に届かないかも...

 

この店、普段はボブ・ディランなどロック系の音楽を流しているそうですが、今日は若手の、ジャズもかけるDJさんたちに柳楽さんが誘われてジャズ中心のプログラムになるというので、勉強がてらでかけたのでした。

 

メンバーは登場順に機他さん、Bungoさん、Souさん、Tonydotさん、そして最後のトリが柳楽さん。柳楽さん以外のみなさんは、いわゆるジャズマニアのようなジャズの聴き方をしているわけでは無いようなのですが、そうした方々の選曲が実にスリリングで面白いのですね。

 

当然「ジャズではない」ような音源もかかりますが、そうした中にシレっとサニー・マレーやテッド・カーソン、そしてジェームス・ブラッド・ウルマーといった「濃い」トラックがごく自然に混ざって行くのを聴くのは実に心地よい。

 

もちろんDJさんによってそれぞれテイストが違うのですが、オーネット・コールマン、チャールス・ミンガスといったコアなサウンドを加工したトラックを巧みにはめ込む人、シャバカ・ハッチングスなど最新のUKシーンのサウンドをフォローする方と、みなさんほんとうに多彩。明らかにかつての「クラブジャズ」とは違った新しい血がジャズシーンに流れ込んでいるのです。

 

そうした若手DJさんたちにに比べると、柳楽さんの選曲はやはり“どジャズ”。安心して聴いていられます。ともあれ、こうした“開かれた場”で若い音楽ファンがジャズに親しんでくれるのはほんとうにありがたい。そしてなにより面白かったのは若手DJさんたちの斬新な「ジャズ解釈」でした。

 

先ほど私なりに「ジャズではない音源」と書きましたが、それはあくまでジャズ喫茶目線の発想で、今どきのジャンル横断的に音楽を聴く若手DJさんたちにしてみれば、私などよりはるかに幅広い音源から“ジャズ”を感じ取っているのでしょう。

 

こうした感性はとても大事で、彼らのような斬新で多彩な感受性の中から「新しいジャズ」が生まれて来るのだと思うのです。

 

このことに関連するのですが、今柳楽さんが「UKジャズシーン相関図」という力作をネット上に発表していますが、その解説が実に有益。「イギリス人にとってジャズは“洋楽”だった」という眼からウロコ的な視点によって、かつての“クラブジャズ”からコートニー・パインなどを経て現在のシャバカやヌバイア・ガルシアに至る系譜を音源付きでていねいに辿った力作なのですね。

 

ポイントは「洋楽としてのジャズ」に対するイギリス人の解釈が、現代ジャズの可能性を広げているところなのです。

 

かつてコアなジャズマニアはイギリス発のクラブジャズを「これはジャズではない」と言って否定的に捉えましたが、そうした感受性はむしろジャズの底力を見くびっていたのです。私は柳楽さん、村井康司さんらとの共著『100年のジャズを聴く』(シンコーミュージック)で「ジャズ最強音楽説」を唱えたのですが、その原理は実にシンプル。

 

例えばロックがジャズ的テイストを取り入れ、音楽的洗練・完成度を高めたとします。そうした場合、決してロックの表現領域が広がったことにはならず、単にジャズの幅が広がったことになるのですね。「ロック」のところに「ラテン」や「ソウル」「ヒップホップ」を代入しても結果は同じ。

 

これは「ジャズ史」を俯瞰的に眺めてみれば当然のことで、19世紀末にジャズが誕生した際もラテン、フォーク、果てはクラシックまで自分たちの音楽の栄養素として取り入れ、それらが1920年代天才的コルネット奏者ルイ・アームストロングによって現在に至るジャズスタイルに鍛え上げられたのでした。

 

それだけではなく、多くのジャズファンが親しんでいる「スタンダード」だって、本来は“ティン・パン・アレイ”つまりミュージカル用に作られた「ポピュラー・ミュージック」なのですね。

 

その、当時のポップスを貪欲に取り入れた“ジャズ”は決してポップスにはならず、ビ・バップを経て「モダンジャズ黄金時代」を築き上げて来たのです。

 

こうした“ジャズ”のしぶとさが21世紀UKシーンを豊かにし、同じように現代の若手DJたちににも受け継がれているのです。ジャズの未来は明るい!