2月23日(土)

492回を数える「いーぐる連続講演」だが、意外な盲点があった。今日の杉田宏樹さんの講演はゲストにジャズ・ピアニストの西山瞳さんが登場するというので、いったいどういう趣向なのか良くわからなかったのだが、ふたを開けてビックリ。杉田さんと西山さんがそれぞれ持参のピアノトリオ・アルバムから1曲ずつかけ、お互いにコメントしあうというもの。

カタチの上では、今春おこなった原田和典さんと大塚広子さんのイヴェントに似ているが、ジャズ評論家とプロ・ミュージシャンがこうした試みを行うのは今回が始めて。やってみて、これが実に面白い結果を生んだ。ご想像の通り、世間でよく言われる「聴き手と演奏者の発想の違い」がものの見事に浮き彫りになったのだ。

本筋に入る前に少し寄り道すると、プロの評論家だから当たり前とも言えるが、杉田さんの司会進行振りがまことに素晴らしい。長年ラジオ番組を続けているだけあって、わかりやすく、かつツボを押さえたコメントで巧みに西山さんから「ホンネ」を引き出すあたり、聞いていて「うまいもんだなあ」と大いに感心しました。

私もラジオ番組を持っているのだがいつも出たとこ勝負で、うまく行くときもあればディレクターの太田さんに助け舟を出してもらってようやくカッコウをつけるケースも多々あり、反省することしきり。几帳面な杉田さんはおそらく事前の調査、準備を相当入念に行っているのだろう。見習わねば・・・

そしてまた、西山さんのコメントがいいのだ。正直言って、ミュージシャンの話は面白いけどあんまりジャズを聴く上で役に立たない内幕話とか、演奏者しか関心のない技術的問題などがけっこうあってどんなものかと思っていたが、これが大違い。演奏者にしかわからず、しかしそれが聴き手の感覚ともジャストフィットする「微妙な問題」を実に明快に語ってくれた。

一例を挙げれば、西山さん自身が影響を受けたというエンリコ・ピエラヌンツィについて、ピエラヌンツィがビル・エヴァンスのどういう部分から影響を受けているのかという杉田さんの質問に的確な答えをしてくれたことだ。エヴァンスの影響というとハーモニーとかリリシズムについて語られることが多いが、実はリズムにおいてピエラヌンツィがエヴァンスに似ているという指摘は納得だった。

具体的に言うと、一般にピアノトリオの場合、黒人ミュージシャンはベースが基本でそれに対して若干ドラムスが遅れ気味で、それにまたホンのわずかピアノが遅れて入ることでいかにも黒い感覚が生まれるのに対し、白人ピアニストはベースに対しても少し早めに行きがちで、それが「演奏の硬さ」につながったりするのだが、エヴァンスの場合は早めでもネガティヴには聴こえず、むしろノリの良さとして受けとられる、そのあたりが似ているというのだ。

こういう、技術的なことが聴き手の感覚とどう関係するのかという問題はものすごく重要なのだが、そのことをうまく語れる人は思いのほか少ない。つまり、聴き手が「実感としては」聴き取っていても、「どうしてそう感じるのか」という部分について、プロ・ミュージシャンならではの正確な指摘をしてくれることが実にありがたい。

思わず思い出したのは、com-post編集長村井康司さんとcom-postメンバー柳樂光隆さん、そしてミュージシャンの吉田隆一さんによる「ワニ3匹」シリーズ。私も荻窪のベルベットサンに何回か足を運んだが、ミュージシャンである吉田さんのコメントがまことに有意義なのである。

吉田さんはそうしたご自身の「役割意識」をかなり明確に持っているように見えたが、西山さんの場合は、杉田さんの巧みな質問によって、聴き手にとっても役に立つミュージシャンならではの視点が導き出されたということなのではなかろうか。ともあれ、こうしたミュージシャンと評論家が共同して「ジャズの秘密」に迫る動きは、もっともっと積極的に行われるべきだと思う。

話を本筋に戻すと、聴き手と演奏者の感覚の違いということで言えば、杉田さんの選曲がエヴァンスにしろデューク・ジョーダンにしろ、好き嫌いはあるかもしれないが、どれも「聴き所」が掴みやすい演奏であるのに対し、西山さんのセレクトは、冒頭のピエラヌンツィを除いて、正直「一度聴いただけでは聴き所がわかりにくい」演奏が多かったように思う。

もちろん、西山さんのコメントはどれもわかりやすく、たとえば、Shai Maestroなど、最近のピアニストは変拍子が当たり前になっており、また、そうした方向に関心を持っているミュージシャンが多いと言われて、「なるほど」とは思ったが、一方で聴き手はそうした「ミュージシャンの事情、というか流行」に関心がないことも事実なのだ。

だから私は西山さんに「あなたの選曲はどれも、いわゆる『掴み』と言われている要素が欠けているように思う」などとコメントしてしまった。まあ、あとで「事前に杉田さんの選曲を見せられたので、あえて、あまり知られていない演奏を紹介しようと思った」と西山さんから教えられ、「そうだったのか」とは思ったが・・・

こうした経緯があったので、最後の西山さんご自身の演奏を聴くまでは内心「アタマでっかちの演奏だったらヤだな」と若干危惧していたのだが、これが大外れ。西山さんはご自身の新作『Music In You』(Meantones)からオリジナル《Unfolding Universe》をかけてくれたのが、これがたいへん素晴らしい。

冒頭から「掴み」がある。私のコトバで言うならば「背筋がピンと立った音」が小気味良く飛び出し、「あ、いいじゃん」と思う間もなく西山ワールドに引き込まれてしまった。確かにピエラヌンツィの影響はあるのかもしれないけれど、西山さんは完全にご自身の世界を持ってらっしゃる。

あとでこのアルバム、全曲聴いてみたが明らかにおススメ。ヘンな言い方になるかもしれないけれど、なまじ女性ピアニストというと、それだけでいいほうにも悪いほうにもバイアスの掛かった見方をされがちだが、純粋に音楽としてこれは素敵でした(今もこれを聴きながら書いてます)。

最後に西山さんに。メモを取らないでお話を聞いていたので、西山さんの発言の趣旨を取り違えているところがあったらメールしてください。訂正いたします。そして、こうした有意義な試み、ぜひまたやってくださいね。