3月30日(土)

杉原志啓さんとは大昔、私が日本ポピュラー音楽学会の例会によく出ていた頃知り合った。当時「いーぐる」で学会の新年会が開かれた際、杉原さんがビートルズのオリジナルEP盤だったかを持参し、その音のあまりの迫力に驚かされたことなど、懐かしい思い出だ。

その杉原さんとの本当に久しぶりの再会、そして初めての『いーぐる連続講演』、プロジェクターの故障で映像が途中から映写出来なくなるという当方の不手際があったけど(この件についてはお客様、杉原さんに深くお詫びいたします)、講演の内容に関してはほんとうにほんとうに素晴らしいものでした。

どう素晴らしいか。なんといっても「引き出しの多さ」そして「引き出しの中身の濃さ」に尽きる。いや、それだけではない、大学で人気講座をいくつも持ってらっしゃる杉原さんは「語り口」も実に見事。それも単にわかりやすいだけでなく、聞き手の興味関心を惹きつける実に魅力的な話術、私も惚れ惚れいたしました。また、それがたんなる「技術」ではなく、音楽に対する深い深い愛着に裏打ちされているから素晴らしいのだ。

で、今回のお題『ビートルズ音楽はいかにして生まれたか』は、いわゆる「プレ・ビートルズ期」と言われた、ビートルズ出現以前のイギリス音楽シーンを紹介するもの。それは予想外のもので、トラッド・ジャズやスキッフルといった、一般にはあまり馴染みのないイギリス特有の音楽状況からビートルズの音楽が誕生したという。

とりわけ印象的なコメントは「天の下、新しきものなし」という言葉に象徴されるように、「どんなに新しいように見えるものでも、必ず元になるものがある」という実に的を射た指摘。そしてロックン・ロールについての「黒人音楽を白人が真似たもの」というこれまたまことにわかりやすく本質を突いた説明。

コレだけで私は杉原さんを「いーぐる連続講演」の定期講演者にお願いしたいと切に思ったものだった。もちろん、それらのコメントの背後には莫大な「音の記憶」「知識の集積」があってのこと、駆け出し「音楽評論家もどき」には到底出来ないことはすぐにわかる。たとえば、ヘレン・シャピロの《You Don’t Know》。けっこう好きな曲だったんですが、こういう変則的コード進行はアメリカ人には好まれなかったという解説、なるほど、とうなずけました。

また、実はロックもイギリス人にとっては「輸入音楽」だったという指摘、これまた眼からウロコ。そして、アメリカン・ポップスやR&Bテイストの移入ではむしろ日本人の方がうまく、飯田久彦の《ルイジアナ・ママ》など、かなりのものだったというお話、これまたポンと膝を打ちました。

そして、番外編として(というかこの脱線の中身が濃く、それだけで楽しめる)日本特有のハイテク技術に支えられた、AKB48をはじめとする現代日本ポップス界の実態や、しかしそれを必ずしもネガティヴに見ることもないという杉原さんのクールかつおおらかな視線、私は好きです。

ともあれ、今回は当方のミスで全力投球できなかったにもかかわらず、圧倒的に魅力的な講演をなさってくれた杉原さん、私は手放しません。とりあえず6月22日(土)に杉原さんの講演『ブリティッシュ・ビート爆発!』(仮タイトル)を行い、本日紹介できなかったクリフ・リチャード&ザ・シャドウズ(けっこう好きでした)の映像はじめ、音楽ファン必聴の音源をご紹介いたします。

みなさま、杉原さんのお名前、お忘れなく!