10月1日(月曜日)

【“JAZZ 100年”パート4『JAZZ 絶対名曲コレクション』創刊のご挨拶】


今から4年前、2014年4月から小学館隔週刊CD付きマガジン『JAZZ 100年』全26巻の監修を担当し、翌2015年4月よりはシリーズ・パート2『ジャズの巨人』全26巻、そして2016年5月に始まったパート3『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』は、当初1年間26巻の予定が好評につき、2年に渡る全52巻もの刊行となりました。これら「JAZZ 100年シリーズ」は合計104巻、累積販売実績は何と二百数十万部を超えるジャズ本としては異例の大ヒットとなりました。

ちなみにこれらはすべてCD付きですから、同時にジャズのCDが二百数十万枚以上売れたことになります。出版不況、CD販売不振と言われている折、これは明るい話題だと思います。

しかしジャズ・シーンの現況を知っている方なら、さほど驚かれることでは無いかもしれません。要するに今、「ジャズが面白い」のです。私自身ここ5年ぐらいでジャズ・シーンが大きく変化しているのを肌で感じ取っています。ライヴが面白く、新譜に良い作品がたくさん出てきたのですね。これはここ十数年無かった現象です。

それを裏付けるように、「JAZZ 100年シリーズ」が始まった同じ年2014年2月には、シンコー・ミュージックから柳楽光隆さんが監修するムック『ジャズ・ザ・ニュー・チャプター』略称『JTNC』の第1巻が刊行され、こちらも現在はVOL.5が出ており、いずれも好評で増刷されています。

ところで、私が監修している「JAZZ 100年シリーズ」と柳楽さん監修の『JTNC』では、内容が対照的なので当然読者層も異なっているはずです。オーソドックス路線で大人が多い私の読者層と、斬新な内容で若い読者を掴んでいる柳楽さんの購買層では、およそ共通点が無いように思えるのです。しかし、そのどちらもが売れているのですね。

当初、この異なる読者層の並行現象は少々不思議に思っていたのですが、近ごろ両者の共通点が見えてきました。正確にリサーチしたわけではありませんが、『JTNC』の読者は探求心旺盛な音楽ファンではあっても、従来「ジャズ」に対してちょっと「様子見」をしていた風情が窺えるのですね。

具体的には、ロックやヒップホップの動向には詳しくても、ジャズってどうよ、といささか斜に構えていたような方々に対して、柳楽さんが適切なガイドラインを与えたことによって、「新たなファン層」を獲得しているように思えるのです。それを裏付けるように、『JTNC』が採り上げたミュージシャンの来日ライブの観客層は、私が知っている従来のジャズ・ファンとは少しばかり様子が違うのです。「ブルーノート東京」などに押し寄せる彼らのファンは、若くお洒落なカップルが数多くみられるのですね。

他方、私が監修しているシリーズの購買者像をアンケート回答などから浮き彫りにしてみると、ジャズに関心は持ってはいるが、今まで「敷居の高さ」を感じていたような方々なのです。要するに年齢層や音楽体験こそ異なれ、どちらもジャズに対して「潜在的関心」を持っていた方々が、新たにジャズに参入して来たと見ることが出来るのです。まさにジャズ・ファンの純粋増です。

こうした方々が活性化しているジャズの現況を眺め、それぞれのスタンスで情報を求めた結果が、「JAZZ 100年シリーズ」「JTNC」の成功に繋がったと私は観ているのです。そしてこうした現象の大元は、ジャズ・シーンの活況にあるのです。

ところで、こうしたジャズ・シーンの隆盛を今一つ実感できないのが、従来からのベテラン・ファンという皮肉な現象も一部に垣間見られるようです。それは、この方々が今起きている「ジャズ史の見直し現象」に追従し切れていないことが原因のように思えます。


【『ジャズ絶対名曲』とは?】

さて、こうした状況において、小学館から「JAZZ 100年・パート4」として、私が監修する隔週刊CD付きムック『JAZZ 絶対名曲コレクション』(全14巻)が10月2日(火曜日)に創刊されるのですが、まさにその内容は現代ジャズ活況に至る「伏線」の様相を帯びているのです。

その前に「ジャズ絶対名曲」という言葉の説明をしておきましょう。これはスタンダード・ナンバーの見直し、つまり「21世版スタンダード」ということです。そしてその目的は「名曲から名演・名唱へ」なのですね。わかりやすく言うと、良く知られた楽曲を導入としてジャズの魅力に親しんでいただこうということなのです。

現代ジャズの特徴をひとことで言い表せば、ポピュラリティの重視と、それを実現させるために、様々な手法を積極的に取り入れていることが挙げられるでしょう。それはヴォーカル、コーラスの多用だったり、楽曲・アレンジの重視といった形で現れています。

今を時めくシーンの開拓者、ロバート・グラスパーは2012年に発表したアルバム『ブラック・レディオ』(ブルーノート)で、人気R&B歌手エリカ・バドゥジョン・コルトレーンの演奏で知られた「アフロ・ブルー」を歌わせています。彼はこのアルバムについて、「従来のジャズ・ファンとそうでない人たちとの懸け橋になればいいと思って作った」と言っています。

この発言には「ポピュラリティ重視・ヴォーカル・良く知られた楽曲」という、先ほど挙げた現代ジャズの特徴が見事に網羅されています。

こうした「21世紀ジャズの特徴」は、表面的な形を変え、多くの現代ジャズ・ミュージシャンたちに窺えます。2016年に発売されたイギリス、マンチェスター出身のグループ、ゴー・ゴー・ペンギンのアルバム『マン・メイド・オブジェクト』(ブルーノート)は、アコースティック・エレクトロニカなどと称された、ジャズ・ピアノとしては極めて斬新なメロディ・ラインが実に印象的でした。

さっそく彼らのライヴに行ってみて驚いたのは、一見新奇さが売り物のように見えるこのピアノ・トリオの、ジャズ・グループとしての実力でした。ロブ・ターナーのドラミングの凄さは言うまでもありませんが、ベーシスト、ニック・ブラカのテクニックが素晴らしい。この両者が生み出す極上のグルーヴ感は、まさに「どジャズ」なのですね。そこに、クリス・イリングウォースのピアノが絡むことによって、このチームの魅力が醸し出されているのです。

彼らは斬新な旋律≒楽曲をフックとして、リズム重視、圧倒的なグルーヴ感といった、伝統的なジャズの魅力を私たちに伝えているのです。

また、既にベテランの域に達したギタリスト、カート・ローゼンウィンケルが2017年に出した話題作『カイピ』(ソングX)の魅力も、ブラジル、ミナス地方の音楽を意欲的に取り入れた「曲想の斬新さ」が大きな聴き所でした。その後、彼が引き連れてきた「カイピ・バンド」のライヴも見ましたが、やはり曲想の魅力を借りつつ、カートのオリジナリティが発揮された、まさに「ジャズ」になっていたのです。

そしてカマシ・ワシントンです。今年発売された彼のアルバム『ヘヴン・アンド・アース』(ビート・レコード)は、私が柳楽さんと共にライナー・ノートを書かせていただいたのですが、3枚組CDの冒頭「アース編」に収録されていたのが、なんとブルース・リー主演の映画『ドラゴン怒りの鉄拳』(日本公開1974年)の主題曲「フィスト・オブ・フューリー」なのですね。これには私も驚きました。

その効果は抜群なのです。いかにも格闘技映画のテーマソングらしいリズミカルでキャッチーな旋律は、聴き手を一気に演奏の魅力に惹き込む力を持っているのです。重要な点は、原曲のメロディを忠実に再現しつつも、女性コーラスや分厚いバック・サウンドの巧みな使用で、いかにもカマシらしいダイナミックで刺激的な「現代ジャズ」に仕上がっているところです。

このように、グラスパー、ゴー・ゴー・ペンギン、ローゼンウィンケル、カマシと、その表面的スタイルはまったく異なってはいても、彼らの発想の中心に「曲想の重視」があることがわかります。付け加えれば、マリア・シュナイダーのラージ・アンサンブルや挟間美帆の音楽が注目されているのも、楽曲・アレンジといった要素が再評価されている証左でしょう。

ところで、こうした現象がどうして「ジャズ史の見直し」なのでしょうか? それは、彼らがチャーリー・パーカーに始まる即興重視の「モダンジャズ史」を相対化し、それ以前のベニー・グッドマンに代表されるスイング・ミュージックや、ルイ・アームストロングの歌唱が持つ「ポピュラリティ」、そしてデューク・エリントン楽団のバンド・サウンドに象徴される「サウンド重視≒アレンジ・楽曲重視」といった、よりスパンの長い「ジャズ史」を射程に入れているからなのです。

こうした事実を裏返すと、即興重視で芸術志向の「モダンジャズ史」が身に染み付いた「伝統的ジャズ・ファン」の一部の方々における、「現代ジャズのわからなさ」に繋がるのではないでしょうか。

そして『ジャズ絶対名曲コレクション』です。ここで私たちが提唱する「スタンダード・ナンバーの見直し」とは、従来楽曲を素材とみなす傾向の強かった「モダン・ジャズ」の時代においても、アンダーカレント、伏流水のように「楽曲から演奏へ」という方向を探っていた一連の試みを、「名曲から名演・名唱へ」そして「楽曲の魅力からジャズの聴き所へ」という形で、潜在的ジャズファンのみなさま方にわかりやすくプレゼンテーションする試みなのです。

『ジャズ絶対名曲コレクション』の音源を用いたより具体的な解説は、今週末10月6日(土曜日)午後3時30分より、「いーぐる」にて行います。参加費無料で飲食代金のみでどなたでもお気軽にご参加いただけます。当日は創刊号の発売も行い、購入された方々には素敵なプレゼントもあります。

また、全巻ご予約の方には、前代未聞とも思えるマイルス・デイヴィス公認の豪華な「特性リラクシン万年筆」がプレゼントされます。これはプレミア付き必至ですね!