5月14日(木)
昼過ぎ古庄さん来店。たわいもない雑談のうち、いーぐる掲示板を騒がせている一連の騒動に話題が移る。というか、昨夜の山野井君といい、このところその件で「お見舞い」に来てくれる友人たちは引きもきらずで、ほんとうに感謝している。みなひとこと言いたいのだが、掲示板に書き込めば例の「数を頼みに」という見当はずれな反発が眼に見えており、それで直接来店してくれるのだが、ありがたいことである。
古庄さんに話を戻せば、彼曰く「なんで音楽の話が出ないんだ」のひとことが言いたかったという。まったくそのとおりで、やれ態度が大きいだのエリート意識が鼻につくだのと、それこそ職場の陰口と変わらないような話ばかりで、どう考えてみてもジャズファン、音楽ファンの言うことではないというのが二人の結論だった。
ファンどおしのモメごとは昔からあり、それこそコルトレーンを認めるかとか、エレキ・マイルスは堕落だとか、ジャズ喫茶ではさんざん語られてきたが、たとえ最後はそっぽを向いて袂をわかったとしても、根に音楽の話があれば、ジャズファンとしての仲間意識は辛うじて残ったものだ。
私も「お前のパーカー論は間違っている」とか「どうしてリッチー・コールを認めないんだ」という話ならいくらでもご説明申し上げられるのだが、数を頼みに強気になっているだとか、誰かさんがああ言ったなんていう子供の喧嘩みたいなことを言われても困惑するしかないというのが本当のところだ。
とは言え、昨夜も山野井君に言ったことだが、これが今では数も少なくなってしまったジャズ喫茶オヤジの役割なのだと腹をくくっている。私の知る限り、他にジャズファンが自由に意見を書き込め、まっとうな返答が期待できる掲示板など、そうそうないのではなかろうか。窓が開いていれば、悪い空気も入ってくるが、良い空気も入ってくることが出来るのである。