5月10日(土)

今回の朝日カルチャーセンターの生徒さんは熱心な方が多く、質問も本質的なところを突いてくる。非常にやりがいがある。Oさんの「どうしたらジャズが楽しめるようになるか」という、一般的だが奥の深い質問に、最初は、「聴いていれば自然に楽しめるようになりますよ」というような、それこそ一般的な回答をしようかとも思ったが、それでは不親切と考え直し、個々のミュージシャンの特徴(例えばパーカー・フレーズのような)を聴き分けられるようになれば、自然とそのミュージシャンが好きになるという、私自身の体験を語った。
続く「ジャズを楽しむには黒人文化の背景を知る必要があるか」という質問には、一般教養として知っていてほしいとは思うが、知らなければ楽しめないということはないと回答。また、「ジャズを楽しむには音楽理論を知っている必要があるか」という質問には、演奏者は知らなければ話にならないが、聴く方は別に知っている必要はない。その理由は、私たちは理論を聴くのではなく演奏を聴くのだから、と回答した。
この最後の質問は非常に本質的な問題を孕んでいて、短い時間ではうまく答えられなかったので、ここでもう少し詳しく説明しておこうと思う。
例えば美術作品を例に取れば、有名な黄金分割にしても、そうした比率が美しいのは、実際の分割比を知らなくても実感できる。というか、そもそも黄金分割は、経験的に(ということは感覚的に)「美しい」とされる比率なのだから、美しいという感覚を受ける受け手は、実際の比率を“理論ではなく”、“感覚において”、既に、“知って”いる。もちろん制作者は、あらかじめ知られている1:1.618という数値を利用した方が便利ということはいえるだろう。
同じように、私たちは、自分が聴いた複数の音の周波数が整数比であることを知らなくても、それらが協和していることを知覚できる。つまり感覚は、1:2(オクターヴ)、2:3(完全5度)、3:4(完全4度)の数値を、“理論”ではなく、“感覚”において、既に“知って”いる。
つまり音楽や美術のような「感覚芸術」における理論は、先験的な一般法則ではなく、感覚から導き出された「経験知」なのだから、美術作品の鑑賞者や、音楽の聴き手は、もっぱら(知的作用=思考作用ではなく)感覚作用における判断に従って問題がない。これが、聴き手は理論を知る必要がないことの理由なのです。ちなみにthinkは、こうした常識をわかりやすく(もないかもしれませんが)説明したメモですので、興味のある方は(余分なところは飛ばして)ご一読くださればと思います。